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第35話:朝ごはん

結局その日は酒が無くなるまで飲み、気が付けば朝の4時だった。後半俺はベロベロで大和にダル絡みをしてしまい、当直明けと言っていた大和はさほど酔ってはいなかったが終始眠そうにしていた。 次の日俺は仕事で一件打ち合わせが入っていたが、打ち合わせには家から直行する予定だったから起きる時間はいつもより余裕があった。 じゃなきゃ俺は死んでた。 目を覚ましたのは朝の8時。いつもより1時間多く寝れたのは有り難い。 いや、4時まで飲んだらプラマイゼロ…つかマイナスか。 「頭痛い」 いつもの如く二日酔いの頭痛と吐き気で目を覚ます。 ズキズキする頭を押さえながら開ききらない目を擦り、隣を見ると大和の姿はなかった。 「あれ…」 ふと思い出す。そういや昨日俺がベッド占領して大和は床で寝る羽目になったんだ。 そして反対方向に振り向くと、そこにはもうすでに起床している大和の姿。 「おはよ」 後ろ髪が跳ねてる状態で若干眠そうな目をしている大和は、明日休みなはずなのに朝早くから起きて何をしていたかというと… 「何それアイロン?」 「うん」 そう。大和は警官の制服をアイロンがけしていた。 「大和って几帳面なの?」 「いや、シワあると注意されるから。面倒だけど仕方なく」 大和は「できる時にやっておきたくて」と続けて呟いた。 思わず俺は「へぇ」と声に出た。 警官ってやっぱ身だしなみとか結構厳しかったりするんだな。大変そうだ。 大和は慣れた手つきでアイロンを済ませ、ハンガーに制服を掛けた。 網戸から風が吹き込むと、青色の制服が靡く。 「なんか、あの日もこんな光景見たな」 「ん?」 「あ、いや。こっちの話」 俺が盛大にゲロった日。自分の名前を名乗った大和の背後で揺れていた制服も今日みたいにシワひとつなかった。 きっとあの日も大和は俺より早く起きてアイロンをして、また俺の隣に戻ってきたのだろうか。俺が目を覚ますまで… 「太一」 ポケッとそんな事を考えていると何やらいい香りが。 「味噌汁作ったんだけど、飲む?」 「え⁉︎マジで⁉︎」 キッチンに消えたかと思えば片手に味噌汁、そしてもう片方におにぎりが乗った皿を持った大和がキッチンから顔を出した。 「うわ、マジで神じゃん…いいの?」 「うん。人が握ったおにぎり大丈夫な人?」 「全然平気!むしろなんかあったかくて好き!」 「ははっ、良かった。まぁおでん屋で食べてたから平気かなとは思ったけど」 味噌汁とおにぎりが目の前に並べられヨダレが垂れたのは言うまでもない。 おにぎりの隣にはたくあんが添えられている。マジで完璧すぎる日本の朝ごはん。 「いただきます」 手を合わせ、まずは味噌汁を一口飲む。 湯気が立ってて、味噌のいい香りを嗅ぐだけで生まれてきて良かったと思える。 「んんっ⁉︎」 「え、何?美味しくなかった?」 「…………」 一口飲むと体が停止する。そしてふるふると手が震えた。 「たい…」 「お前……もう味噌汁屋開け…」 「え?」 たらりと涙が流れた。 この味噌汁。酒飲みの好みを良く分かってやがる。 具はなんとアサリ!インスタントじゃないのにアサリだとっ⁉︎ しかも中々にいいサイズのデカさでアサリのコクとうま味が優しく体に染み渡る。加えてちょうどいい味噌の加減で体に残るアルコール毒素が中和されていく気分だ。 わかめの量も素晴らしい。俺わかめも大好きなんだよな。 「っ、母ちゃんの味を思い出すぜ…‼︎」 「大袈裟だなぁ」 ほんとに久しぶりにこんなうまい味噌汁飲んだ気がする。 次におにぎりを食べると、これまた魔法でも使ったんかと言いたくなるほど美味くて俺はまた涙した。 味噌汁とおにぎりを頬張る姿を大和にずっと見られてたけど、そんなの気にする暇がない程に美味さに感動した俺は図々しくもおかわりを要求してしまった。 「はぁ…最高だ」 朝から幸せ心地になった俺は満腹になった腹をさする。 「良かった喜んでもらえて」 「お前すごいな。自炊もできるとか完璧すぎるだろ」 「おにぎりと味噌汁なんて誰でも作れるよ」 「いやいやアサリの味噌汁は俺はハードル高くて無理だわ」 「一昨日知り合いの魚屋さんがくれたやつあったの思い出して。太一貝の味噌汁好きだろ?」 「超好き。…つか、そんなん覚えてたの?」 「まぁ。太一の好きな物なら当然」 「………」 さらっと言い放った大和は味噌汁に口をつけた。 その横で照れた俺が目を細めて見てるなんて思うまい。 「また作るよ。いつでも」 「……っあんがと」 くそ、やっぱりこいつ男前だな。見惚れてしまった。 後ろ髪寝ぐせで跳ねてるけど。 大和はきっと彼女とか大事にするタイプなんだと思ってたけど、本当にそうなんだろうな。 なんかこうやって俺のために朝ごはん用意してくれたの考えるとちょっと…嬉しいかも。 「時間、大丈夫?」 「え?」 大和に指摘され、慌てて時計を確認するともう8時半を裕に回っている。 「やばっ‼︎一回帰んなきゃだった‼︎」 打ち合わせは10時からだが、帰ってシャワーを浴びて着替えて、片道にかかる時間を計算するとマジでもうギリギリだった。 「悪い大和!帰るわ‼︎」 「気を付けて行けよ」 「おう!昨日と、あと朝ごはんありがとうなー‼︎」 そうして俺はバタバタと慌てて大和の家を飛び出した。 「あ、太一、シャツ表と裏逆…」 走り去る俺の背中に投げかけられた言葉は、俺には聞こえなかった。

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