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やっとホームルームが終わって、教室を飛び出したいくらいの気持ちだったけれど、さすがに怪しまれるだろうと思って、ジリジリしながら邦貴たちとどうでもいい話をしていた。
「あれ? 遠野帰んの?」
カバンを担いだ桐人に、邦貴が声をかけた。
「ああ、今日は用があるから」
少しこっちを振り返って言った桐人に、目で「後で」と合図した。
教室を出て行く桐人の後を、高橋が付いていく。
その高橋が、またオレをチラリと見た。オレを見て、口角だけで笑う。
それがすごいムカついた。
「まだいいじゃん」と言う邦貴を振り切って、どうにか教室を出た。
廊下を走りそうになる足をギリギリ抑えて昇降口へ向かう。
靴を履き替えたら全速力だ。慌て過ぎて落とした自転車の鍵が、刺さらないし回らない。
頭の中の地図で目的のスーパーまでの最短ルートを検索した。
近いけど途中に上り坂がある道か、回り道だけど平坦な道か。
普段なら後者。でも今日は。
立ち漕ぎでガンガン坂を登った。制服のネクタイがひらひらと舞う。
汗が顎を、背中を伝う。
スーパーの看板が見えてきた。
桐人!
「中で、待っててくれてよかったのに、暑いし」
息を切らしながらどうにか伝えた。
「お前こそ、そんな大急ぎじゃなくても大丈夫だったのに。汗びっしょりじゃん」
うわっ
桐人が笑いながらタオルを出して、オレの顔を拭いてくれた。
「駐輪場こっち」
そう言う桐人の後を付いて行って、桐人の自転車の隣に停めた。
「あ、あの、桐人。晩飯代、どうしたらいい?」
「別にいらないけど」
「そういう訳にはいかないよ」
見上げると、桐人は思案気に少し首を傾けて、それからオレを見下ろし、流れ続けるオレの汗を再びタオルで拭いてくれた。
「弁当代、いくら貰ってんの?」
拭いても拭いても、汗は止まらない。
「500円」
だって桐人といたら体温上がりっぱなしだ。
「じゃ、300円でいいよ」
「え、でも…」
「300円、ナメんなよ?」
にやりと笑いながら流し見られて、思わず目を見開いた。
桐人が一瞬止まった。でもすぐ何もなかったように歩き始めた。
「知希、何が食べたい?」
スーパーのカゴを取りながら、桐人が訊いてくる。
汗をかいてるから、スーパーに入ると気持ちいいけどちょっと寒い。
「え、えっと…」
「肉? 魚?」
微笑みながら答えやすいように質問を変えてくれた。
「肉で」
「OK。お前食えない物ある? ピーマン駄目なんだったっけ?」
「い、今はもう食えるよっ」
少し覗き込むようにされながら問われて恥ずかしい。
でも、覚えててくれたんだ。
5年以上も前の、そんな些細なこと。
「そっか、克服したんだ。偉いね」
「はは。お兄ちゃんぽいね、その言い方」
「…もう一歩でお兄ちゃんだったからな」
そう言った桐人の腕が、ほんの少しオレの腕に当たった。
水に濡らした紙に落とした絵の具が広がるように、熱がふわりと拡散した。
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