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「桐人って家のこと全部やってんの?」
スーパーの出入口に向かいながら訊く。荷物は当たり前のように桐人が持ってくれて、オレは本当に付いて歩いてるだけだ。
「全部じゃないけど、大部分はやってるかな。昔は家政婦さんに来てもらってたんだけどさ、家に他人が入ってくんのが嫌んなって自分でやるようになった感じ。ってか、あっついな」
西日に桐人のメガネがキラッと光った。
桐人の後に付いて自転車を漕いで着いた背の高いマンションは、まだ新しそうなオシャレな建物だった。
そういえば前に行ったマンションもキレイだった。
オートロックでエレベーターだし。
うちとは大違い。別に自分家に不満はないけど。
5階の部屋。ツーロックのドアが開いて、「どうぞ」と言われて中に入った。
「なんかオシャレだねー。父と息子で住んでるとは思えない」
「知らなかったっけ? うちの親、インテリアの会社に勤めてんの」
「あー、なるほど」
納得しました。オシャレなはずだよ。
木目とモノトーンで整えられた部屋は、モデルルームみたいだった。
「ちょっと休もう。テキトーに座って」
エアコンを付けながらそう言って、桐人はキッチンに入って行った。冷蔵庫を開ける音がする。
そんなことを言われても、キッチンカウンターと、ダイニングセットと、ソファセット、どこに座ればいいか分からない。
おろおろと部屋を見渡していると、キッチンから出てきた桐人がダイニングセットの椅子を一脚引いた。
「無駄に広いから困るよな。ここ、どうぞ」
「あ、うん。ありがと。ほんと広いね」
つい、きょろきょろしてしまう。
桐人の笑う気配を感じた。
「麦茶と炭酸水、どっちがいい?」
「あ、炭酸水で」
「OK」
ふと見上げた桐人がするりとネクタイを解く様が、やたら格好よくて息を飲んだ。
やばい。こんな事でドキドキしてたらそれこそ身体がもたない。
不自然にならないように気を付けながら視線を外した。
頬に熱が集まってくる。
オレも桐人に倣ってネクタイを解いて、丸めてカバンに入れた。
トン、と目の前にグラスが置かれた。透明の液体がパチパチいってる。
「ほら、知希」
そう言って渡された、冷たい濡れタオル。
「汗かいただろ? お前、すごい勢いでチャリ漕いで来たし」
「だって…」
早く会いたかったから、とは言えなくてタオルを頬に当てた。
冷たくて気持ちいい。
オシャレなカフェで出てくるみたいな、広口の少し厚みのあるグラスに入れられた強めの炭酸水が口の中でシュワッと弾けた。
向かいに座った桐人が、ぐいっとグラスを空けた。
「知希、料理は全然しないの?」
「ラーメンぐらい。インスタントの」
これは料理に入りますか、と思いながらチラリと桐人を見た。
「じゃ、どうする? 俺が作ってる間ゲームでもしてる? うちのWi-Fi繋いでやろうか?」
「あ、いや、いい。手伝う。…できる事ある?」
せっかく2人でいるのに、1人でゲームなんて勿体ない事できない。
でもむしろ、オレがキッチンに入るとおジャマでしょうか。
そんな気持ちで桐人を見ると、また優しい目で見返された。
お兄ちゃんモードだ。
「あるある。別に難しいもの作る訳じゃないし。2人で作ろう」
そう言いながら桐人が立ち上がった。オレも立とうとすると「ちょっと待ってろ」と手で制された。
廊下に出ていった桐人が何かを持って戻ってきた。
「エプロン。制服汚れるといけないし」
立って、と言われてガタガタと立ち上がる。モスグリーンのエプロンを着せかけられた。肩紐が背中でばってんになるタイプ。
「ああ、穴1個ずらさないとダメだな」
「そりゃ桐人とは身長がだいぶ違うから…」
腰の辺りで桐人がボタンをはめ直してるのが、なんだか恥ずかしくってそわそわする。最後に後ろの紐も結んでくれた。
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