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「あ、そう言えば訊かずに勧めたけど、知希、ブロッコリー好きだった?」
「うん、好き」
ブロッコリーにマヨネーズを付けながら、ちょっと恥ずかしくなった。
ただ、食べ物の好みを訊かれてるだけなのに、
好き
って、今日何回桐人に言ったんだろ。
でも「そういう意味で」言うことはきっとない。
思ってることは言わないと分からない。だから、言わない。
「ねえ桐人、今度さ」
「うん?」
だけど、弟になりかけた友達、として少しくらい甘えてもいいよね。
「大皿中華とかしてみたい。CMで見るみたいな。テーブルの真ん中にどーんとあって、そのまま直箸で食べるやつ」
「あー、あれね。うちもやった事ないな。いつも一人分ずつ定食形式だし。じゃ、次は中華にするか。いつか分かんないけど」
「やったー。楽しみ!」
えへへと笑いながら、無邪気な弟みたいに桐人を見た。でも、グラスを手にオレを見ながら笑った桐人がすごく格好よくて、やっぱ弟にはなれないや、と思った。
ロコモコもコーンスープも全部食べて、お皿やカップを食洗機に入れて「なんて便利なんだ」と羨ましく思っていると、
「知希、アイス食える?」
と訊かれた。お腹はいっぱい。でも。
「食える! でもいいの?」
甘いものは別腹だ。
「いいよ。チョコとバニラ、どっち?」
「うわ、えっと、チョコ」
カップのアイスとスプーンを、「はい」と渡されて、「こっちおいで」と言うようにソファに促された。
並んで座ってアイスのフタを取る。窓の外はもうすっかり夜になっていて、タイムリミットを報せていた。
帰りたくない
でも帰らないといけない
冷たく甘いチョコアイスを口に運びながら、隣に座る桐人の手元をチラリと盗み見た。
手が大きいからアイスが小さく見える。
白いバニラアイスが、銀色のスプーンにすくわれていく。アイスは桐人の唇に運ばれて、そしてまたすくわれる。
なんでだろう。すごく美味しそうに見える。
「一口ちょうだい」
思わず言ってしまった。桐人がちょっと驚いた顔をしてる。
しまった、と思った瞬間、
「ほら」
と、スプーンが顔の前まで寄ってきた。
ちらっと桐人を見て、あーんと口を開けてみる。
甘いバニラの香りと、冷たさが舌にのる。
体温が上がってるから、あっという間にアイスは消えた。
心臓、破裂しそう
「…お返しは、もらえんの?」
オレを少し覗き込むように桐人が言う。
「あ…うん」
震える手でアイスをすくって桐人の方に差し出した。ぱくっとスプーンを咥えた桐人が、そのままオレをちらっと見てきて息を飲んだ。
ゆっくりと口を離しながら、その唇が少し笑う。
あの唇とキスがしたい
突然生まれた欲望に動揺した。
その後の事は、よく覚えていない。
アイスを食べ終わって、「そろそろ帰らないと」と言って、そしたら桐人が「コンビニ行くから」と一緒に家を出た。
結局うちから1番近いコンビニまで来てくれて、また明日と手を振った。
家に帰り着いて、しばらく明かりも点けずに立ち尽くした。
身体が熱を持ってる。
閉め切ってた部屋が暑いからでも、自転車で帰ってきたからでもない。
別の種類の、下っ腹に溜まる熱。心臓はさっきからとくとくと脈打っている。
あの時、オレが欲しかったのはアイスじゃない。
アイスじゃなくて、桐人の唇に触れたスプーンの方が欲しかったんだ。
ぶわっと頬が熱を帯びた。
ぱちんとスイッチを押して部屋の明かりを点けて、大急ぎで洗濯物を取り込んだ。
そのままの勢いでバスタオルと着替えをつかんで風呂場に向かった。
身体の奥からどんどん熱が湧いてきてやり過ごせない。
痛いほど張り詰めて、自分が桐人にどんな感情を抱いているのか知らしめてくる。
頭からぬるいシャワーを浴びたって、その熱は鎮まってなんてくれなくて、むしろ飛沫 が当たって腰が震える。
そろりと手を伸ばした。どうしても、あの大きな手を思い出してしまう。
身近な人を思ってする行為はひどく後ろめたかった。
でも、やめられなかった。
白濁が飛び散って涙も一緒に流れ落ちた。
明日、どんな顔して桐人に会えばいいんだろ
まあ、何もなかったみたいな顔して会うんだろうけど
バレて拒絶されたらゲームオーバーだ。
そんなのやだ。大皿中華の約束だってしたんだから。
また桐人の家に行きたい。またあの『お兄ちゃんモード』全開の桐人に会いたい。
もうずっと『お兄ちゃんモード』ならいいのに。
でもそれだと、自分の歯止めが効かなくなる気がする。
絶対バレちゃいけないから、それはそれで困る。
なんか色々思ってたよりしんどい。
そう思いながらコックを回してシャワーを止めた。
シャワーの水が排水口に吸い込まれていく。
いっそあんな風に気持ちも流れたら楽なんじゃないかな。
そんな事を考えながらオレは、流れる水を見ていた。
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