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桐人の家で晩ご飯を食べてから、何かが変わったかというと、別に大きく変わった事はない。表面上は。
ただオレが悶々としているだけ。
今までと同じように過ごしていても、つい桐人の大きな手を、唇を見てしまう。
好きという感情に含まれる欲望を日々思い知る。
あの手に触れられたいし、あの唇に触れてみたい。
自分が同性に対してこんな事を思う日が来るなんて思ってもみなかった。
でもたぶん、好きになるってこういう事なんだろうと思う。
相手が異性か同性かなんて関係ない。
好きな人はただ、好きな人、だ。
プラトニックとか、よく解らない。
触れたいと思わない好き、は友達と何が違うんだろう。
もっと大人になったら解るのかもしれないけれど、少なくとも今のオレには解らない。
学校では、桐人の『お兄ちゃんモード』は発動しない。してなくても桐人は優しいけど、あの2人っきりの時の、いつもより優しい桐人が忘れられない。
また、桐人の家に行きたいな。
でもそんなしょっちゅう母の残業がある訳じゃない。母は母でオレのために早く帰れるように仕事を調整してくれているので文句は言えない。
帰りにちょっと寄るだけ、とか、どんな理由を付ければ行けるのか、オレには全然思いつかなかった。
「あっつー」
真っ青な空。白い雲がふわふわと浮かんでいる。風はあまりない。
強い日差しは容赦なく肌を焼いてくる。
こんな日の外の体育は地獄だ。
4月のスポーツテストで測ったタイムを元にして、タイムの近い者同士で組になっての50メートル走。競争心が煽られて良いタイムが出るらしい。
まあ分からなくもない。タイムの遅い者から順に呼ばれて行くのはたぶん暗黙の了解だ。
オレは、どっちかといえば速い方。だからまだ呼ばれない。
桐人も邦貴も呼ばれてない。邦貴はオレより速い。昔はオレの方が速かったけど、身長差が出てもう勝てない。
桐人は、あんまりスポーツのイメージないけど脚も速いし球技とかも割と上手い。器用なんだと思う。何においても。
運動部に入ってる訳でもないのにキレイな筋肉の付いた長身が羨ましい。
そしてめちゃくちゃ格好いい。
そんな事を思いながらチラチラと桐人を見ていると名前を呼ばれた。
スタート位置に向かう時、女子が幅跳びをしているのが見えた。
女子たちの半分以上は、幅跳びの砂場じゃなくてこっちを見ていた。
50メートルをギリ先頭で走り切って、はぁはぁ言いながら砂場の近くを歩いていると、女子がざわりと浮き足立った。
「ね、次、遠野くんと黒田くんだよ」
「あー、ホントだー。2人とも背高くてカッコいいよねー」
「ねぇねぇ、どっちが速いかなぁ?」
きゃあきゃあ言う女の子たちの中に、見覚えのある顔を見つけた。
特徴的な泣きボクロ。お祭りの日に桐人と話してた派手な浴衣の子だ。あんなメイクをしてなくても、目が大きくて十分可愛い。
ピーッと笛が鳴って、桐人と邦貴が走り出す。2人ともやたら速い。オレは思わず立ち止まって見入った。
邦貴があんなに真剣に走ってんの、初めて見たかも。
50メートルがあっという間だった。結果は同着。ピッタリ2人並んでのゴール。
砂場の方からきゃーっと歓声が上がって、続いて女子の体育の先生の注意の声が聞こえた。
やっぱ2人とも人気あるんだなー。お祭りの時も思ったけど。
ちくり、ちくりと胸が痛む。
あんなに堂々ときゃあきゃあ言える女の子たちが羨ましかった。
…別に、きゃあきゃあ言いたい訳じゃないけど。
好意を持っていると、伝えられないのがちょっと口惜しいだけ。
だらだらと歩いていると後ろから足音が迫ってくる。振り返ると桐人と邦貴がもう戻ってきていた。
「2人ともめっちゃ速かったね」
しかも2人とも、そんなに息も切れてない。
「くっそー、勝てると思ったのにさー。遠野思ったより速ぇし」
そう言いながら邦貴が肩を組んでくる。また遠くから女子の歓声が聞こえた。
「だから、暑いから、邦貴。あれ? 2人が最終組?」
邦貴の腕をどかしながら桐人を見上げた。
「そう、俺らが最後。だからほら、みんな待ってる」
ほんの少し眉を歪めた桐人が、オレの背中をぽんと押した。
大きな手
こんな少しの接触じゃ、全然満足できない
欲深いな、オレ
そんな風に思いながら気持ち桐人寄りを歩いた。
夏の短くて濃い影が足に付いて来ていた。
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