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2回目に学食に行った時、桐人は前回言ってた通り唐揚げを食べていた。オレはチキンカツを選んだ。同じ鶏だし、この前食べたくせに唐揚げをねだって、カツ一切れと交換してもらった。
2人でいる時の、お兄ちゃんモードの桐人に会えるなら、その後の不機嫌な邦貴くらい何でもないとさえ思うようになっていた。
それぐらいオレは『お兄ちゃんモード』の、オレに甘い桐人に会いたかったし飢えていた。
オレはどんどん欲張りになる。
どんなにお腹いっぱいに食べたって数時間後には腹が減るように、甘えて満たされたと思った心はすぐに乾いてまた桐人が欲しくなる。キリがない。
こんな事をしていたらすぐに桐人にバレてしまう。
そう思ってちょっとびくびくしてはいるけど、予想に反して桐人は何も言ってこないし、態度も変えない。だから、いいか、と思ってる。
このまま、こんな感じで時々2人で学食行ったりして『お兄ちゃんモード』の桐人を補給して、満たされなくても干からびないくらいでいられたら、それはそれで幸せなのかもしれない。
一つの机に斜めに背中合わせに座って、オレは邦貴たちと、桐人は高橋たちと話をしている。時々、ほんの少し背中が触れたり、机に突いた指先や肘が、触れる。触れる度、そこから熱が波紋のように広がっていく。
「この中に彼女いたことあるやつ、いんの?」
何かの話の流れで邦貴が言った。半分以上聞き流してたから脈絡はよく分からない。
「遠野は中学の時いたんだよね、彼女」
高橋の声が耳にぬるりと入ってきた。
「マジで? いや、そんな意外でもないか、遠野なら」
みんなが興味津々に、うわっと盛り上がるのを感じる。
「転校してきてしばらく連絡きてたよね。いつまできてたっけ、あれ」
「…覚えてねえよ、もう」
高橋の問いかけに、桐人が面倒くさそうな声で応えてる。
やっぱいたんだ、彼女
耳から、冷たくて重たいものがぬるぬると入ってきて、ずーんと身体が沈み込むような気がした。
嫌な感じの動悸がして、指先が冷えてくる。
でもこの感情は、飼い慣らして付き合っていかなきゃならない。
バレないように密かに唇を噛んで、知りたくて知りたくない話を聞く。
「え、どんな子だったんだよ、遠野。転校って事は前の中学の子?」
「いいじゃん別にそんなんどうでも」
「よくねえよ。貴重な経験談聞かせろよ」
みんな面白がってる。こういう時、集団は割と残酷だ。
「な、遠野、馴れ初めだけでも」
みんなしつこい
「…断れなかったんだよ。周りの圧で。それで…」
「あ、なに。向こうから来ましたパターンか! しかも周りにそう言われるって事はあれだな、あの美人を断るなんて許せねえってやつだな」
邦貴、その考察いらない
…でもきっと合ってる
ガタン、と桐人が立ち上がった。みんながビクッとしたのを感じた。
「と、遠野…」
「…自販機」
それだけ言って、桐人は教室を出て行ってしまった。
空いた背中側が、寒い。
「高橋、もっと遠野から何か聞いてねぇの?」
「んー、あ、でもさっき言ってたの、たぶん合ってるよ。バレンタインに告白されて、って言ってた気がする」
「バレンタインに告白されるやつってマジでいるのかー」
「義理チョコももらった事ねーよー」
いやだ、もう聞きたくない
「この前の祭りの時もさ、女慣れしてんなーって思ったんだよな、遠野。なにげに結構遊んでんじゃねーの? あいつ」
邦貴がそう言いながら、さっきまで桐人が座っていた所に座った。
背中がぞわりとして、机に腰掛けている身体を少しずつ前にずらして邦貴から距離を取った。
結局桐人はチャイムが鳴るギリギリまで戻って来なかった。
不機嫌そうに眉根を寄せて、席に着く。
斜め後ろにいたって声なんかかけられない。
オレも、加担してた事になってるのかな、さっきの話に。
止めたり、しなかったし。
桐人の恋愛事情に興味があったのは本当だから。
可愛い子だったんだろうな、きっと。
目頭がじわりと熱くなって、黒板の文字が滲んだ。
胸の中に黒いもやもやが広がっていく。
慣れなきゃいけない
でも慣れられない
オレは唇を切れそうなほど噛み締めながら、必死で授業を聞いて気を紛らわせようとしていた。
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