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そろそろと、壁伝いに歩いて特別教室から出た。走りたいけど膝が震えていて走れない。嫌な動悸は続いている。
ようやく昇降口まで来て靴を履き替えようとして、手首にあざができているのに気が付いた。邦貴の指の跡。背筋を冷たいものがぞろりと下りる感じがした。
手首をさすりながら駐輪場に向かう。まだ膝はカクカクしてるけど、だいぶ治ってきていた。
さっきの邦貴は変だった。最近機嫌悪そうな時多いけど、あんな顔は見た事なかった。
桐人、もう帰っただろうな。
それとも高橋とどっかで話してるのかな。
高橋は桐人に追いついたと思う。あの感じなら。
2人はどんな話をしたんだろう。
もし、まだ話が続いていたら、うっかり踏み込んじゃいけないと思う。
そう思って足音を忍ばせて、きょろきょろしながら歩いた。
皮膚を焼く西日が背中を焦がす。駐輪場には誰もいない。
でも、運動部の声に混ざって微かに声が聞こえてくる。
どこから?
声はまだ音として聞こえていて、言葉として認識できない。
音を立てないように気を付けながら進んだ。
駐輪場に桐人の自転車はまだあった。帰ってない。
声は左手の方から聞こえてくる気がする。2列になった駐輪場の向こう側、学校の敷地を囲むフェンスと、等間隔に並んだ大きなイチョウの木、そして防災備蓄倉庫がある。
その、倉庫の方から2人分の声が聞こえてくる。
桐人と高橋、かなあ。
倉庫の陰にいるらしい2人の姿は見えない。
違ってたら他を探さないといけないし、と自分に言い訳をしながら、耳をそば立てて足を進める。心臓がうるさくて聞き取りにくかった。
高橋が桐人に何を言うのか、桐人はそれにどう応えるのか気になって仕方がなかった。
「僕は遠野に彼女がいたの知ってるから」
ようやく言葉として聞き取れた高橋の声。
ここまでどんな流れだったんだろう。
「だから言わなかったのに」
何を?
猛烈に嫌な予感がする
聞かない方がいい
そう思うのに足が動かない。
ざ…っと一歩踏み出すような音がした。
2人は近付いたのか、遠ざかったのか。
近付いてほしくない。
自分はこの前、体温を感じるほど近付いたりしたくせに、そんな事を思った。
「僕はずっと、遠野の事好きなんだよ」
胸から腹にかけて、どん、っと衝撃を感じるような強い心臓の拍動。
続けて、喉を突き上げる動悸。心臓が急に大きくなったんじゃないかと思うような息苦しさを感じた。
「俺は」
こめかみがドクドクしている中、桐人の声が聞こえた。
いつもより、低い声。
「男は好きじゃねぇよ」
一瞬、周りの音が全部消えた。
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