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強い西日。足元からのびる影。コントラストが強すぎて、目がチカチカする。
もう一歩出たら、影が倉庫からはみ出してしまう、と突如気が付いた。そうしたら、倉庫の陰にいる2人にオレがいるのがバレてしまう。
そろりと後ろに下がる。
一気に世界の音が耳に飛び込んできた。
夏を告げるセミの声、運動部の掛け声、吹奏楽部の楽器の音が、一斉に覆いかぶさるように聞こえてきて押しつぶされそうになった。
そして聞こえた、悲鳴のような自分の心臓の音。
そろそろと、足を動かす。音を立てないように。
ものすごいセミ時雨で頭が割れそうだ。
防災備蓄倉庫の角を曲がって座り込んだ。2人のいる反対側。
イチョウの木が影を落としていて、涼しいじゃん、なんて思った。
膝を抱えて、地面を歩いていく蟻を眺めた。
1人分の足音が聞こえる。自転車の鍵を外す音。そしてその自転車を動かす音。
帰ったのは、どっちだろう。桐人? 高橋? でも見る気にならない。
ややあって、また足音が聞こえた。同じように鍵を外して帰って行った。
ようやく頭を上げて、帰らなきゃ、と思った。
邦貴たちが降りてくる前に。今は誰とも会いたくない。
のろのろと身体を動かす。地面にポタリと滴が落ちた。
そういえば、何でここに来たんだっけ。
自分の自転車のそばまで来て、カバンから鍵を出そうとして手が滑った。
この前桐人の家に行った日も鍵落とした。
落としたし、刺さんないし、回らないしでバタバタした。
ああそうだ。オレ、桐人に謝ろうと思ってたんだ。
どうしよう
さっきまで桐人の自転車があった空間を見た。
高橋に向けられた桐人の声が、言葉が耳の奥に残ってる。
『俺は男は好きじゃねぇよ』
解ってた。そんな事。解ってたのに。
『お兄ちゃんモード』の桐人に優しくされて、無意識にお兄ちゃん以上を求めてた。
どこまでなら大丈夫なんだろうと思いながら、もたれかかるように桐人に甘えてた。
会うのが怖い
でも謝りたい
メッセージで謝るのは、違うと思う。それに、顔を見てたって分かってる気がしない桐人の気持ちを、文面だけで読み取るなんてオレにはできない。
謝って、何も知らないフリをして、今まで通り過ごせばいい。桐人はオレがさっきの2人の話を聞いてた事は知らないんだから。
今までと同じように『友達』として、付き合っていけばいい。さっき邦貴にも言った。『友達』だって。
頬を伝う滴を拭った。手首の跡は薄くなってきていた。
別に何も変わらない。
ただ、ほんの僅かな望みもないって、はっきりしただけ。
オレの抱えてるこの想いは、もう届け先がない。それこそ机の引き出しの奥にでも仕舞っておくしかない。
そうは言っても気持ちが消えてくれる訳じゃない。まだしっかりここにある。
会いに行こう、桐人に。会って謝ろう。
今すぐ上手に離れるなんてできない。
だって好きなんだ。
友達でいい。桐人に彼女が出来るまででいい。桐人が、誰か好きな人が出来てそっちに気持ちが向くようになったら、そしたらオレも別の方向に進む事にする。
それを見据えて、少しずつ桐人から離れられるように努力する。努力する。努力する。
「……っ」
息が、苦しい。胸が圧迫されてる感じがする。
深い水底を歩いたら、こんな感じなんじゃないかな。
身体が重い。空気がずっしりとまとわりついてくる。
足元に落とした鍵をようやく拾った。乾いたコンクリートにポタポタと水滴が落ちた。
鍵を外して、自転車のスタンドを蹴った。
ここから真っ直ぐ桐人の家に行くルートを頭の中で確認する。
追い返されたりは、しないと思う。でもそれも甘えなのかな。
分かんない。セミがうるさくて考えがまとまらない。
ちゃんと謝れるかな。
みんなを止められなくってごめん、って言えば解ってくれるよね。
自転車で走り始めて、風が顔を撫でて、ようやく自分が泣いている事に気付いた。
一旦止まってスマホで顔を確認したら、目が赤くなっていた。
まあ、でもこの程度なら平気、かな。桐人、目悪いし。
そう思いながら、また自転車を漕ぎ始めた。
ペダルが重い。やっぱり上手く息が吸えない。
街路樹のない歩道を走っている間もセミ時雨が続いていて、途中でセミじゃない事にやっと気付いた。気付いた後もずっと、頭の中で音は鳴り続けていた。
色んな事が、頭の中をぐるぐるしてる。
昼休みに怒って出て行った桐人。苦しそうな高橋の告白。見た事のない真顔の邦貴。最後に聞いた桐人の声。
処理しきれないまま、自転車を漕いでいる。曲がる所を間違えて道に迷いかけた。でも桐人の家のマンションは大きいから見失わずに辿り着けた。
汗が顎を伝い落ちていく。
自転車、勝手に停めちゃっても平気かな。
緊張で心臓がどくどくいって、手元が冷えてくる。
桐人ん家、何号室だったっけ。
覚えてない。あの時はふわふわした気分で桐人の後ろを付いて行ったから。
電話、かけよう。ちゃんと声出るかな。
それともメッセージで…
「知希?」
後ろから声をかけられて、オレはびくりと振り返った。
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