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 やっと秋になって、過ごしやすい季節になってきて、でも俺は相変わらずイライラした毎日を過ごしていた。  たまには購買でパンでも買ってみよう。  ふとそんな事を思った。弁当を作るのが何となく面倒だったせいもある。料理は好きだけれど、そんな日もある。    コンビニに寄ってもよかったし、購買が戦場なのは知っていたけれど、ちょっとむしゃくしゃしていたのもあって、やってやろうじゃないかぐらいな気で行った。案の定、購買前は混み合っていた。その中に見覚えのある後ろ姿を見つけた。  知希だ  分かった自分が少し怖かった。  学校にいる間、無意識に知希を探している。そんな事をしているから、同じような後ろ姿の中、知希を見つけられてしまう。  その知希の小柄な身体が、後ろから来た大柄な人物に押されてバランスを崩しそうになったのが見えた。  思わず手が出た。  支えてやると、わたわたしながら体勢を整えた。 「大丈夫?」  一応声をかけてみると、こくこく頷く。  なんか、かわ…    いやいやいや。何考えてんだ、俺。  振り返ろうとする知希に、 「いいから前向いて進め」  そう言って振り返るのを阻止した。何となく、顔を見てはいけない気がした。  知希は焼きそばパンを買っていた。  確か購買の1番人気は焼きそばパンだと聞いた。  俺的には炭水化物in炭水化物はナシだけど。    なんて考えながらハムサンドを買って教室に戻ろうとすると、 「あ、ありがと」  斜め下から声がして、うっかり無防備にそっちを見てしまった。  振り返った知希が俺を見上げていた。  あ やば…っ  くりっとした黒目がちの大きな目が、真っ直ぐに俺を見ている。  どくんと鼓動が跳ねた。 「別に…」  それだけ言うのが精一杯だった。  大急ぎでその場から離れた。急いで歩いたからだけではない、不自然な程に高鳴る心臓。  教室には戻らず、渡り廊下に出た。校舎の3階を繋ぐ屋根のないそこで、風に当たって頭を冷やそうと思った。  大きく一つ息をつく。  知希は男だぞ。いくら小柄で可愛くても、…って同い年の男を可愛いと思ってる時点で終わってるだろ。  渡り廊下の手摺りに頭を伏せて、混乱する思考を落ち着かせようと深呼吸を繰り返す。  背後を女子たちがきゃあきゃあ言いながら歩いて行くのが聞こえた。少し振り返って、彼女だちのサラサラと揺れる髪や、薄くメイクを施した顔を見た。  可愛いはずなんだ、彼女たちの方が。  そう思うのに、さっき見た上目遣いの知希の方が破壊力がデカい。  なんでだよ。別に俺は男が好きな訳じゃないぞ。  こっちに戻ってくる前は彼女だっていた。  学年で1、2を争う美人だと言われていた彼女に、バレンタインに告白された。周りに「断るとかありえないだろ」と言われて、まあいいかと思って付き合った。  可愛かった、と思う。一緒に帰ったり、休みの日に出かけたりもしてた。  隣を歩く彼女はいつも上目遣いで俺を見ていた。  頬を桜色に染めて見上げてくる様を、可愛いと思った、と思う。正直よく覚えていない。  というか、さっきの知希の顔で完全に吹き飛んだと言ってもいいかもしれない。  付き合って半年ほど経って、父の再びの転勤で引越す事になった時、少しホッとした。泣く彼女に「ごめん」と言いながら、その様子を冷めた目で見ているもう1人の自分がいた。  小学校低学年から、時々父の『デート』に付き合わされていたせいもあって、何となく、彼女のしてほしい事、してあげれば喜ばれる事は分かっていた。でもそれをしてあげるのが面倒になっていた。たぶん俺は、彼女をそんなに「好き」じゃなかったんだと思う。  だから父の転勤は渡りに舟だった。  大きく息を吐いて、教室に向かって歩き始めた。  昼休みが終わってしまう。  教室に戻ると、高橋が「ずいぶん遅かったね」と怪訝そうな顔をして言った。 「あんまり遅いから先に食べちゃったよ」 「ああ、うん。それは全然…」  そう言いながら、ハムサンドの袋を破いた。口に入れても味はよく分からない。 「遠野、何かあったの?」  俺の前の席の椅子に座って、こちらを見ながら高橋が言う。 「…別に」  ペットボトルの水でハムサンドを流し込んだ。 「ふーん」  高橋は頬杖を突いて俺を見ていた。 「…最近ちょっと変だよね、遠野」  俺は、そうポツリと言った高橋の声を、聞こえなかったふりをした。    

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