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「今日も焼きそばパン狙ってんの?」  小5の俺を忘れていても、高1の俺との繋がりはある。  そう思ってかけた言葉。内心緊張で喉はカラカラだけど、ごく普通に友人に話しかける調子で話せたと思う。  でも知希は大きな目を見開いて驚いていた。  距離感間違えたか?!  焦った。焦ったけど取り返しはつかない。 「ほら、前進め。買えなくなるぞ」  とりあえずここは購買で、知希は昼飯を買いに来てる。  そっちに意識を向けさせて、その間にどうにか…。  そう思うけれど、どうにかってどうすればいいかは咄嗟には思いつかない。  マジでやばい どうすれば…  手のひらにじんわりと汗が滲む。 「…ありがと。…桐人…」  名前ー!! 「思い出してくれた?」  天にも昇りそうな気分、とはこういうものかと思った。  口から心臓が出てしまいそうだ。次に何を言えばいいか全然頭が働いてくれない。  ついつい知希をじっと見てしまった。  知希は、自己紹介まで俺に気付かなかったと申し訳なさそうに言っていたけれど、その必死で言い訳している様も可愛くて無意識に笑ってしまう。俺が笑ったら、知希もホッとしたように笑った。  笑顔が可愛い。しかも俺に向けた笑顔だから尚可愛い。  そこからは少し打ち解けたように話せた。  俺は知希に少し嘘をついた。  ずっと前から気付いていたと言うのが、何となく憚られた。それはちょっと怖いんじゃないかと思った。怖がられて、いい事なんかない。  それより知希が俺を「桐人」と名前で呼ぶのが堪らなく嬉しかった。  こんな時、感情の出にくいタイプで良かったと本当に思う。  2人の関係を、わざわざ周りに報せる事はないと思っていたから、嘘の設定を持ちかけてみた。  ちらちらと見上げてくる大きな瞳が、胸の中心を射抜いてくる。目が悪いのが悔やまれた。でも同時に、これ以上鮮明に見えたら俺はどうなってしまうんだろうと思った。  俺たちの嘘設定を黒田は怪しんでいたけれど、知希が黙らせていた。  黒田が不満気な顔をして俺を睨んでくる。  こいつとは近い将来がっつり揉めるな、と思った。  面倒くせぇ  でも仕方がない。それに今はそれよりも、知希の連絡先が欲しい。  家に行けばいいか。知希、引越してないし。  平日の放課後は基本誰も知希の家に行かないのは調べてある。 「引越した?」  と訊いたのは、いきなり行けば怖いだろうと思ったから。  アパート前で数十分は待つだろうと思っていたけれど、知希は案外早く帰って来た。 「桐人! なんでっ」  慌てて自転車を降りる様子は可愛いけれど。  やっぱ怖がらせたかな。俺、ヤバいやつ?    ヤバいのは、まあ間違いない。  自宅前の待ち伏せなんてストーカー認定されても弁明できない。 「連絡先、交換しようと思って」 「そっ、それでわざわざ?!」  大きな目で見上げられながら、そんな台詞を聞くと胸がずんと重くなる。 「嫌だった?」    焦りすぎたか、と目の前が暗くなりかけた。 「え?! いや、そんな事全然なくて。オレもどうしようってずっと思ってたから、ってゆーかよく覚えてたね、うち」  知希こそ焦ったように俺を見ながらそう言った。  家に来られて怖い、とかはなさそう、だな。  良かった。  ふっと力が抜けた。 「何回も来たから覚えてるよ。それより、知希も連絡先どうしようって思ってた?」  そんな風に思ってもらえてたら、すごく嬉しい。 「う、うんっ」  勢いよく返事をして頷いた知希の頬に桜色が差している。  俺が知希を想っているように、知希が俺を思っている訳じゃないのは百も承知だけれど、好意的な反応をされると胸が高鳴る。 「あ、あの、桐人。せっかくだし、寄ってく? うち」 「いいの?」  願ってもない。 「うん、あの、何もないけど」  はにかんだ笑顔で知希が言う。 「はは、そんなんいいよ。もうちょっと、知希と話がしたい」    言える範囲で、思っている事は言う。  欲しいものは手を伸ばさないと掴めない。  そう思って言った言葉で、知希が俺を見て固まった。  

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