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 3時限目と4時限目の間の休み時間、知希が突然「あ!」と大きな口を開けて固まった。そして慌ててポケットを探り始める。 「昼飯代持ってくるの忘れたー…」  眉を下げた情けない顔で言う。    開かれた知希の財布の中身は数十円。  マジか。よくそれで家を出られるな、と一瞬思ったけれど、そうか、知希は母親が食事の準備をするんだ。俺みたいに帰りに買い物して夕食を作る訳じゃないんだ、と思い直した。  金の貸し借りは絶対にしない、という知希の健全な主張を聞いて、なら現物支給ならいいだろうと思った。  弁当の中身は大した事ないけれど、昼飯抜きよりはマシだろう。  知希が遠慮するのなんか目に見えていたから、弁当を机に置いてさっさと教室を出た。  戻ったら、ちょうど知希は食べ終わったようで、空の弁当箱に手を合わせていた。  所作が可愛い 「ごちそうさまでした」に「お粗末さまでした」と応えると、びくっとして見上げてくる。そして目をキラキラさせながら「美味かった」と言われて、大きく鼓動が跳ねた。  好きな子に褒められるのがこんなに嬉しいなんて知らなかった。 「森下さ、黒田から遠野の弁当マジでガードしてて可笑しかったぜ。腕で囲って『だめー』っつってさ」  と、誰かが言った。 「へぇ…」  ちらりと見た知希の頬がうっすら赤い。 「いや、だ、だって美味かったからっ」  目を泳がせながら言う知希を微笑ましく見ていると、黒田の視線を感じた。  出遅れたからって睨んでんじゃねぇよ  そう思いながら席に戻った。  斜め後ろから知希を見ていた。授業が始まっても、知希はぼんやりしていて、大丈夫なのかと心配になった。  ちらちらと見ていると、すいと視線を送ってきた知希と目が合ってしまった。  自分で振り返ったくせに「わっ」と言うような顔をした知希が可笑しくて、つい笑ってしまった。  カウントしたら1日に何回可愛いって思ってんのかなぁ、俺。  何百回も思ってる気がする。  気を付けていないと、うっかり口からこぼれ出てしまいそうで怖かった。

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