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第26話

* そして、堂島くんと約束した放課後が来た。 ろくに寝てないせいで眠いけど、そんなことを言い訳にして勉強を教えて欲しいと言う生徒の頼みを断ることはできないから、俺は進路指導室に向かう。 まあ、化学とかろくに教えられないかもしれないけど…。 すると既に、堂島くんはドアの前で待っていた。 「榛名先生おっせぇよー」 「ごめんごめん」 鍵を開けると堂島くんが先に入り、綺麗に片付けられてある机とパイプ椅子をさっと用意してくれた。 俺はその様子を、ただぼーっとしながら見ていた。 若者、テキパキ働くなぁという気持ちで。 「榛名先生、早く座ってよ」 「あ、うん」 「教えて欲しいのは化学と数学なんだけどさー」 (増えてる…) というか、数学なら霧咲先生に聞きに行った方が確実だろう。 ついでに化学も教えてもらえるかもしれないのに、なんとなく理数系全般得意そうだから。 ってか堂島くんは数学は得意じゃなかったっけ。 なんか授業で分からないとこあったのかな…それならなおさら、霧咲先生に聞きにいけばいいのに。 「…今、霧咲先生んとこ行けばいいのにって思った?」 「うん」 「だって俺、霧咲先生も苦手なんだよな~、てか好きな先生って榛名先生と富永先生くらい?んでも榛名先生が一番好き、1年の時からずっと」 「そう、それは有難う」 堂島くんの目は見ずに淡々と答えた。 好きって、扱いやすいって意味なんだろうなぁ。 まあ俺は厳しくないし本気で怒んないし、なめられるのも当然か。 嫌われるよりかはマシかもしれないけど。 「で、どこかわかんないの?」 「付箋貼ってるとこ!」 「…俺もわかんなかったら、ちゃんと専門の先生達呼ぶからね。教えてもらって」 「ええーっ!」 「当然だろ…勉強聞きに来てるんだし」 「そんなー!」 南條先生はともかく、霧咲先生はなるべく呼びたくない…けど、バトンタッチすればいいんだもんな。 堂島くんを任せて俺は帰ったら、無責任になるのかな? 俺も勉強してきた内容だから、早々にバトンタッチはしたくないけど…。 そんなことを考えながら、まずは渡された化学の教科書の付箋が貼ってあるページをめくる。 「………」 「榛名先生?」 「ちょっと話しかけないでくれる」 まずは自分がきちんと理解しないと、人に教えるなんてできないし。 それにしてもこんな内容、俺習ったっけ? 習ったんだろうな、多分。 普通に難しいんだけど。 だって俺が高校三年生だったのって10年前だよ? それに、これは…なんとも… 眠くなる内容…かも、しれない…。 …チュッ 唇に触れた少し乾いたような感覚と軽いリップ音に、ハッと目を開けた。 そしたら向い合せに座っていた堂島くんが、いつのまにか俺の隣に座っていて。 そして何故か俺は優しく肩を抱き寄せられていて、その上キスをされていた…らしい。 「えっ?」 「榛名先生の寝顔、超可愛いんだけど…」 「ちょっと待って、何、え、何?」 何してんだ? 肩を振り払おうとしたけど、今度は身体ごと抱きしめられて離れなくなった。 俺、椅子から身体浮いてるし! 「俺、榛名先生のこと好きって言ったじゃん。密室に二人きりなんだから、もっと警戒してよ」 「え…えっ?」 だってさっきの堂島くんの『好き』は、俺が扱いやすい優しい教師だからってことなんじゃ…いつから恋愛の話に!? 全然、意味が分からない! 分かっているのは、この状況がなんとなく俺ピンチってことだ。 今は放課後だし進路指導の時期じゃないから、誰もこの近くにはいない。

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