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第29話

職員室に戻ったら、残ってる先生達はまばらで、霧咲先生も部活に行ってるのかその姿は見えない。 俺はボタンを引きちぎられたワイシャツが見えないようにネクタイを締めて、スーツをしっかりと着込んで足早に職員室を出た。 でも俺が向かった先は自分の家じゃなく…霧咲先生のマンションだ。 あんな酷い態度を取っておいて今さらだけど、ちゃんと謝りたいと思ったんだ。 そして、酔いに任せずに自分の正直な気持ちを伝えてみよう…と。 普段の俺ならそんなこと考えないけど、堂島くんは俺にぶつかってきてくれたから…普通は逆だけど、生徒の行動をお手本にしてみようって。 そんな、らしくないことを思ったんだ。 * 「はぁ、はぁ、やっと着いた…」 学校を出ておよそ4時間後。 俺はようやく霧咲先生のマンションを見つけて、その目の前に息を切らしながら立ち尽くしていた。 思えば、記憶が曖昧なのは当たり前だ。 俺はあの日自宅に帰るとき、タクシーの中で声を出さずに号泣していたのだから。 景色だってボヤけてるし…でも、なんとなくでも見ていて本当によかった。 行き先をはっきりと告げない俺にタクシーの運転手は少しキレ気味で、財布の中身も底を尽きそうだったから途中で下ろしてもらった。 そして不安定な記憶を頼りに見知らぬ住宅街を歩き回り、ようやくここまでたどり着いたのだ。 ここまで来れたのは奇跡に近いんじゃないかって、大袈裟だけどそう思う。 辺りはもう真っ暗だし、霧咲先生はとっくに帰っているだろう。 「………」 残念なことに、もう今の俺は学校を出たときのような意気込みは消えていた。 でも、帰るにしてもお金を下ろさないことには帰れない。 コンビニが近くになくて良かったと思う。 あったら俺は誘蛾灯のようにふらふらと誘われて、お金を下ろして帰っていただろうから。 ぎゅっ 気合いを入れるように、拳を握った。 (大丈夫…謝るだけ、謝るだけ、だから…) 告白する勇気は既に消え失せていた。 情けないけど…性分だから仕方ない。 (えっと…) 霧咲先生の部屋の番号は何故か覚えていた。 だから、俺は震える手を押さえながらオートロックのマンションの部屋番号を押した。 ドキン ドキン ドキン ドキン (帰りたい…でも、ダメだ…) 『…え…榛名先生?』 インターホンから、霧咲先生の声がした。 俺はその声にビクッと肩を揺らしながらも、か細い声で「はい」と返事を返した。 『えっと…どうぞ』 「夜分遅くにすみません…」 霧咲先生はそこでは俺の行動を深く突っ込まずに、オートロックのドアを開けてくれた。 もう、後戻りはできない。 俺はエレベーターに乗り込み、霧咲先生の部屋がある階のボタンを押した。

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