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第9話

 ロイドは熱に晒された右手の指をさすりながら、壁の隙間から立ち上がった。 「明日が、死者の日」  聖職者の男は、一度深く頷いた。 「祈っておやりなさい。この業火で焼かれる者たちの魂が、速やかに浄化され、一刻も早く天国に昇れるようにと」  聖職者の男の言葉を聞いて、ロイドは小さく鼻で笑った。そのまま壁の隙間から離れ、先ほど並んでいたところまで戻って立ち止まる。 「俺がか? 自分と全く関りのない赤の他人のために祈れってか」  誰の、何を祈れば良いのか。そもそも、こんな俺に祈られたい死者なんているだろうか。  それに、祈り方なんて知らない。誰かのために、何かを祈るようなことはしてこなかった。  挑むようなロイドの目を、聖職者の男は静かに見つめていた。  その沈黙が過ぎて、聖職者の男は口を開く。 「では、あなたと関りがある人のためになら、祈れるのですね」 「は?」 「あなたに関わりのない人などいません。祈り、願っておやりなさい。その人の幸福を」  無言のまま、ロイドは目の前の男に視線をやっていたが、お互いそれ以上話すことがないと知ると、その場を立ち去った。  あいつには、分からない。  俺が何を考えているかなんて、俺と全く違う世界で生きるあいつに分かるはずがない。  俺とあいつらとの間には、とても取り去れない厚い壁があるのだから。   *  *  *  教会を後にして、家に向かって帰っていた。  さきほど見た煉獄というあれは、何だったのか。作り物か? それにしては精巧で、指を入れたときの熱さも本物だった。  だがどうせ細工されたものだろうと考える一方で、死後あんな待遇が本当に待ち受けていたらと考えると、身の毛がよだつ思いもあった。  地獄に落ちないために、毎日神様に祈れば――。  あの泣きわめいた子供の父親はそんなことを言って、あの子供をなだめていた。  だったら俺はとっくに、地獄行きの切符を手にしているようなもんだな。  自嘲に口元を歪ませながら、ぼろのマンションに入り、自宅ドアに続く階段を上ったとき、誰かが自宅ドアの前に立っているのに気がついた。  ……誰だ。  細い男だ。  不審に思いながら近づくと、それは知った顔であることに気がつく。 「……サディアス」  昨晩別れたサディアスがそこにいた。  マフラーをして、ジャンパーにジーンズといういで立ちだった。  マフラーに埋もれた顔から、目の部分だけを出して、ロイドに視線を向けた。

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