9 / 15
第9話
ロイドは熱に晒された右手の指をさすりながら、壁の隙間から立ち上がった。
「明日が、死者の日」
聖職者の男は、一度深く頷いた。
「祈っておやりなさい。この業火で焼かれる者たちの魂が、速やかに浄化され、一刻も早く天国に昇れるようにと」
聖職者の男の言葉を聞いて、ロイドは小さく鼻で笑った。そのまま壁の隙間から離れ、先ほど並んでいたところまで戻って立ち止まる。
「俺がか? 自分と全く関りのない赤の他人のために祈れってか」
誰の、何を祈れば良いのか。そもそも、こんな俺に祈られたい死者なんているだろうか。
それに、祈り方なんて知らない。誰かのために、何かを祈るようなことはしてこなかった。
挑むようなロイドの目を、聖職者の男は静かに見つめていた。
その沈黙が過ぎて、聖職者の男は口を開く。
「では、あなたと関りがある人のためになら、祈れるのですね」
「は?」
「あなたに関わりのない人などいません。祈り、願っておやりなさい。その人の幸福を」
無言のまま、ロイドは目の前の男に視線をやっていたが、お互いそれ以上話すことがないと知ると、その場を立ち去った。
あいつには、分からない。
俺が何を考えているかなんて、俺と全く違う世界で生きるあいつに分かるはずがない。
俺とあいつらとの間には、とても取り去れない厚い壁があるのだから。
* * *
教会を後にして、家に向かって帰っていた。
さきほど見た煉獄というあれは、何だったのか。作り物か? それにしては精巧で、指を入れたときの熱さも本物だった。
だがどうせ細工されたものだろうと考える一方で、死後あんな待遇が本当に待ち受けていたらと考えると、身の毛がよだつ思いもあった。
地獄に落ちないために、毎日神様に祈れば――。
あの泣きわめいた子供の父親はそんなことを言って、あの子供をなだめていた。
だったら俺はとっくに、地獄行きの切符を手にしているようなもんだな。
自嘲に口元を歪ませながら、ぼろのマンションに入り、自宅ドアに続く階段を上ったとき、誰かが自宅ドアの前に立っているのに気がついた。
……誰だ。
細い男だ。
不審に思いながら近づくと、それは知った顔であることに気がつく。
「……サディアス」
昨晩別れたサディアスがそこにいた。
マフラーをして、ジャンパーにジーンズといういで立ちだった。
マフラーに埋もれた顔から、目の部分だけを出して、ロイドに視線を向けた。
ともだちにシェアしよう!