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第10話 会いたいと思う心
「思えば当然の結果だよな」
研究所内の食堂にある自動販売機の缶コーヒーを一口飲み、樹把 は小さく息を吐きながら天井を見上げた。同じ物を飲む神璃は、近くの椅子に座り下を向いている。
「向こうは仲間とかも密猟者に殺された狼族なんだぜ。人間に身体やら何やら与えられたら……恨みたくもなるもんな」
狼から見れば、密猟者も普通の人間も変わりがない。
「……優也 さん、本当は悩んでいたのかもしれない」
神璃 は大きく息を吐いた。
ブレイズ・マザープロジェクトは自然に対する掟違反だと知った上で、現実を突き付けられたのだ。
狼は現状維持のまま、悪く言えば放置されているに近かった。研究チームは幹部への報告を遅らせるという。教授である佐々木優也が自分の部屋で閉じこもっているためだ。それに狼があの状態だと、幹部への報告が難しいということもあるのだろう。幹部は結果を求めるのであって、経過がほしいわけではないのだ。
国が総力を上げているプロジェクトは、すべては隣国との戦争のための兵器の一部になるのだから。
今度は二人で大きくため息をつく。こんな時に何か仕事があれば気も紛れるのだが、研究所自体が大騒ぎで研究員ですら暇を持て余している状況だ。
「漣 、真矢 !」
呼ばれて振り向くと厚めの書類を持った研究員がいた。
「こんな時になんだが、例の実験の詳しい資料だ。以前に渡しておいたものとほぼ同じ内容だが、一応目を通しておいてくれ」
渡された書類には、説明会の案内と実験の開始日が書かれてあった。以前書類を渡された時より変更はない。説明会は翌日だ。その後何も不備がなければ、すぐに実験に入る。
神璃には考えがあった。
実験前の大事な時期だということも分かっている。だがどうしても忘れられないのだ。
あの狼の瞳が。
あの狼の瞳を見た時に、自分の心内に湧き出た感情が。
(それに狼の方も、驚いていた)
もしかしたら彼もまた何か感じたのかもしれない。
樹把、と神璃が呼ぶ。
「怒るかもしれないけど、聞いてほしい」
「……俺が怒るようなことをするんだな?」
こくりと神璃が頷く。
「狼と、話をしようと思うんだ」
沈黙が降りる。
賭けてみたいと思ったのだ。
あの瞳に。
あの時、すんなりと椅子を下ろしてくれた何かに。
テーブルの上に置かれた缶コーヒーを両手で握り締める神璃の手は、否定してくれるなと願う様。一番の親友に否定されることが何より一番に痛い。
「──言い出すんじゃないかって思ってたけどな、まさか本気で言い出すって……馬鹿としか言い様がねぇな」
樹把の物言いは静かだ。本気で怒り始めているのが分かる。
「本気で話が出来るって思ってる? 通じるって?」
「……分からない。けど……」
あの狼の金色の瞳に賭けてみたいと思ったのだ。
それに説明の出来ない焦燥感のようなものが、神璃の心の中にあった。
会いたい、と。やっと会えたのにと、覚えのない感情が占める。
戸惑いは当然のようにあった。だがそれ以上に彼と話がしてみたいという気持ちの方が大きかった。
再び沈黙が降りる。
食堂の喧騒が、ひどく遠くに聞こえる気がした。気分を紛らわせようと人の多いところへやってきたのに、今は少し後悔をしている。この遠くに聞こえるざわざわとしたものが、急に憎らしく感じた。
樹把は先程から、神璃と目を合わさないようにしている。
言い出したら聞かないのは、お互い様なのだ。
「……佐々木教授が了解したらな。これが駄目なら一週間の絶交だ」
そんな樹把らしい物言いに、神璃は無言で頷く。
笑いを隠すために。
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