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第11話 再会

 神璃(しんり)は狼と話がしたいと優也に談判した。  玉砕覚悟だったが、気味が悪いほどあっさりと許可が降りた。優也は例の一件以来思い詰めているようだった。天使にも、あの狼にも会っていないのだという。   「樹把(たつは)。お前も行かないか?」 「おう……と言いたいところなんだが、上司様からお使いを頼まれてさ。隣街の架凛分校まで、ひとっ走り行ってくる」 「今から? 帰る頃には夕方じゃないか。気を付けろよ」 「お前こそな。本当は俺が帰ってくるまで待ってろって、言いたいところなんだけどな。俺の気配のない方が、狼も警戒しないかもしれないし。だがいくら人間の知性理性を持った狼でも、気を付けるに越したことはない。危なくなったら逃げろよ」    じゃあな、と樹把は神璃に背を向けてひらひらと手を振った。  廊下を歩く彼の姿は、廊下に差し込む日差しに溶け込むようにして消えていく。  樹把、と何故か呼びかけないといけないような気がした。   「た──……」    だが神璃の声も空しく、樹把は廊下の角を曲がってしまい、その姿は見えなくなる。  神璃は小さくため息をつくと、狼のいる研究室に向けて歩き出した。              ***    『SILENT』のロック解除音を聞きながら、何度目かの息をつく。今更ながらに緊張してしまっている自分がいて、神璃は己を嗤った。あれほど会いたいと願っていたはずなのに、いざ近くに来るとほんの少し怖さが増す。狼が自分の見て行動を止めたのは単なる偶然ではないのか。そんな気持ちが湧いて来て堪らないのだ。  網膜識別式のドアロックの解除の音が鳴り響く。ここまで来たら覚悟を決めるしかない。  スライド式のドアが開く機械音がして、神璃は部屋の中へ足を踏み入れた。     デスクの上に腰をかけて、片膝を抱いて。  狼が、いた。  灰銀の長い髪を無造作に垂らして、有機生命体が着ていた手術衣のまま。    突き刺すような金の目が神璃に向けられたと思いきや、それはすぐに緩む。  やはり昨日、自分に対して攻撃の手が止んだのは気のせいではなかったのか。  狼が驚いたような表情で神璃をじっと見つめている。何故狼がそんな顔をするのか神璃には分からない。   (まるで、昔の知り合いにでも会ったような顔を)    何故彼はするのか。  だが彼の金の目を見た刹那、再び心の奥底で感情が暴れ出す。    ずっとずっと会いたかったのだ、と。  恋しくて堪らなかったのだ、と。  多分自分は彼を知っている。  知っていたはずなのだ。    金の目に引き寄せれられるかのように、神璃は一歩また一歩と狼の元へ近付いた。彼の近くに歩み寄っても、彼は嫌な顔ひとつもしない。自分は彼の憎悪の対象でもある人間だというのに、まるで神璃が隣にいるのが自然であるかのように振る舞う。   (……どうして、なんだろう?)    心の奥で疑問に思いながらも、神璃は彼の名前を知りたくなって、狼ににっこりと笑い掛けた。名前を知ったら、彼のことを思い出すかもしれない。

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