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8月3日/大学生/野崎更紗の証言
メールくれたのアンタたち?へえ、思ったよか可愛いじゃん。ここおごり?だよね。すいませーん、ポテトとダブルチーズバーガーとコーラレギュラーサイズで。
ていうか物好きだよね、パリピの肝試しの話聞きたいなんて。いきなりDMもらってびびった~。
オカルト興味あんの?……ふーん。マイナーな心霊スポットだし、SNSに写真アップしても、殆ど反応なかったんだけどな。
正直あんま話したくないんだよね。アタシのアカ見てたら知ってるでしょ、その後の顛末。いや、呪いとか本気で信じてるわけじゃないんだけど……まあいいや、おごってもらったお礼に話すよ。
例のトンネルの話が出たのは一年前、サークル棟でだべってた時。同じ学部の葉月が、スマホで心霊スポット調べてたの。
葉月は自称霊感少女で怖い話が大好き。性格は強火のメンヘラ入ってて、ぶっちゃけ面倒くさい子だったけど、サークルの連中とはまあまあ上手くやってたよ。これ、あの子のアカウント。更新止まっちゃってるけど。
葉月のスマホ覗き込んだら、見たことあるトンネルが写っててびっくり。
「ここ地元だよ」ってうっかり口滑らしたら、「えーすごーい!」「マジ?」って、みんな盛り上がっちゃって。
冥賀トンネル?そんな名前なんだ。うちらは別の呼び方してた、冥界トンネルって。
あー、空襲の話は聞いた。学校の先生が言ってた。ヒサンだよね、子供もいっぱい乗ってたんでしょ?
そんな事故があったせいか、あの世と繋がってるって噂がどこからともなく流れ出したの。冥界に行けるから冥界トンネル、安直っしょ?
同小同中の男子が肝試しに行ったって自慢してた。
壁に埋まった弾丸掘り出した、中で白っぽい人影見た、足音が追っかけてきたとか夏休み明けの教室で自慢する馬鹿もいた。
女子は冷めた目で眺めてたよ、ばっかじゃないの、幽霊なんているわけないでしょって。アタシもそっち派。ま、ホントはびびってたんだけどね。こー見えて怖がりなの、ホラーとかだめだめ。
男子もおばけとか信じてなくて、度胸試しに行ったんじゃないかな?
まーね、アタシも悪い。反省してる。俄かに地元が注目されたもんで、「連れてったげよっか」なんてノリで言っちゃった。
したらみんな行く行く言い出して、ちょうど免許取り立てだったし、彼氏の車借りて出発したわけ。
大学生なんてクソ暇な生きもんだし、心霊スポットへのドライブは手頃なイベントっしょ。
メンバーは同じサークルの男女五人、当然葉月もいた。助手席には彼氏の雄大が座った。「親父の車にキズ付けんな」ってうるせーのなんのって。
季節は六月下旬の蒸し暑い日、地雷メイクにゴスロリの葉月以外は半袖だった。サークルの連中は葉月の奇行に慣れっこで、別段突っ込まない。雄大は「日焼け止め塗る手間省けたじゃん」とかいじり倒してた。無神経なのよ。
トンネルまでは片道一時間ちょい、その間は夏休みの計画を色々くっちゃべってた。アタシと雄大は二泊三日のバリ島旅行に行く予定で、仲間にひやかされた。
冥界トンネルに到着後、入口の前に車を止めた。あたりは殺風景な草っぱら。地面に敷かれたレールも経年劣化で雑草に埋もれて、よーく見なきゃ線路の跡だってわかんない位だった。
一歩踏み込んだ瞬間、あ、やばって思った。空気がね、変わったの。黴臭いっていうか……腕にプツプツ鳥肌浮いた。雄大はあちこちスマホで撮ってはしゃいでた。
今考えるとサイテーだよね、大勢の人が死んだ場所なのに。うん、だからさ、バチ当たったんだ。自業自得。
男子の一人が入口近くの壁を見て、「うおっ」と声上げた。なんだなんだと群がって、機銃掃射のあとにドン引き。
「更紗の話ホントだったんだ」
「当たり前でしょ、疑ってたの」
「記念に弾丸持って帰ろうぜ」
「は?よしなよ」
「なんで」
「ジョーシキ的に考えてフキンシンでしょ、ありえない」
「今さらいい子ぶんな、付いてきたくせに」
「バズりたくねえの?」
男子と女子とで意見が割れた。男子は面白がってたけど女子は否定派、呪われるよって必死に止めた。特に葉月は真っ青。
なのに雄大は聞いてくんなくて、アタシたちが反対すればするほど悪ノリしくさって、尻ポケットから出した鍵の先端で、弾痕をほじくりはじめたの。
ガリガリ、ガリガリ、ガリガリ……暗闇の中、雄大が壁を引っ掻く音だけが響く。それが次第に大きくなって、周囲の温度もどんどん下がってく。
最初のうちは囃し立てた男連中も口数少なくなって、憑かれたように弾痕を削る雄大を、遠巻きにし始めた。
「もうやめよ」
「早く出ようぜ、日暮れ前に帰りてえし」
「ここ空気重い」
「いい加減にしてよ、聞こえてるんでしょ雄大!」
最後の方は叫んでた。怖くて怖くて頭がどうかしちゃいそうだった。ガリガリガリガリガリガリ……雄大は止めてくんない。鍵の先端で弾痕をほじくって、死に物狂いに弾丸を抉りだそうとしてるわけ。
目の焦点は合ってなくて、ていうかどこも見てなくて、それで、あのね、それが起きた。
「あっ!」
ずるっと手が滑った拍子に、鍵が雄大の指の爪を剥いだ。
爪、やっちゃった事あるならわかるよね?すげー痛いの。なのに雄大は無表情のまま、生爪剥がれても意に介さず、ガリガリ、ガリガリやってんの。
映画とか見てるとさ、大抵誰かが合図するじゃん。「逃げろ!」って。現実は違ってて、誰も叫んだりしなくて、それはきっと叫んだりしたらバレちゃうからで、次の瞬間猛ダッシュで入口まで引き返した。雄大もちゃんと回収したよ。
車を出した後は無言だった。助手席に押し込められた雄大はイミフな事ブツブツ言ってるし、マジで泣きたかった。
「ねえ葉月、アレなんなの?雄大どうしちゃったの」
ハンドルを握りながら聞けば、後部シートの葉月は俯いて、ポツンと言った。
「……中にいた。ざわざわしてた」
雄大の方は大丈夫だった。
次の日になったらケロッとして、トンネルの出来事聞いてもな~んも覚えてないって。ホッとしたよ。ほら、ヤバかったらお祓いとか頼まなきゃいけないし?バイト代で足りっかな、折半しよっか、なんて帰りの車ん中で相談してたもん。心配損だよね。
あーよかった、これで一安心……とはならなかった。
翌月、葉月が消えた。
それが最後の投稿。遺書みたいでしょ。
でね……肝試しの参加メンバーは、葉月があのトンネルに行ったんじゃって思ったわけ。
根拠?車ん中の様子。冥界トンネルを後にした車ん中で、葉月、バックミラーをじっと見詰めてた。ミラーにはトンネルの入口のそのまた奥、真っ暗な闇だけが映ってた。
それにね、見ちゃったの。葉月の口元、唇の動き。何呟いてんだろってミラー越しに目ェ凝らして、それ、聞いちゃったの。
「ババババババ、ババババババ」
簾のように垂れた前髪の奥、出口のないトンネルみたいに虚ろな瞳、放心状態で唇を鳴らし続ける葉月。
わけわかんない。ぞっとした。コイツにもなんか憑いてんの?
葉月の事は心配だけど、アタシたちにはどうにもできない。トンネルに戻ったって証拠もないし……一応警察にも言ったんだけど、やっぱりっていうか、全然取り合ってくんなかった。
……ナゲットくれんの?アリガト、優しいね君。
この話には後日談があってさ。先週ね、雄大とデートしたの。そん時見た映画はハリウッドの戦争もので、アタシ、アタシね、途中から映画どころじゃなくなっちゃった。
ババババババ、ババババババって、葉月が口まねしてたのが何かわかっちゃったの。
米軍の戦闘機、P-51マスタング。
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