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8月5日/昼/冥賀トンネル前

諸行無常に生き急ぐ蝉の声降りしきる八月五日午前、俺達は冥界トンネル前に集合した。 「うへー、自転車こいだら汗びっちょり」 一番乗りは俺、二番乗りはズボンを腰穿きにした茶髪ピアスのチャラ男。 「先越された~」 「おっす、終業式ぶり。しばらく会わねーあいだにチャラさに磨きがかかったな」 「すげー荷物。マジでテント張んの?」 「寝袋も持ってきたぜ。そっちは?」 「貯蓄は満タン」 両腕のビニール袋を得意げに揺らす板尾。俺は草っぱらにマウンテンバイクを止め、きょろきょろあたりを見回す。 「茶倉は?」 「まだきてねーみたい」 「重役出勤だな、アイツが十時集合って言ったのに」 「先に下見しとく?」 「待て」 逸る板尾を制し、トンネルの周囲をよく観察。 冥界トンネル改め冥賀トンネルは廃墟と化して久しい。周りには夏草が生い茂り、虫の声が響いていた。ひび割れた枕木と錆びた鉄枠のレールは、隧道の奥へ消えている。 「近くで見ると迫力あるな」 ごくりと生唾飲む俺の横で、板尾が興味津々スマホをいじりだす。 「心霊スポット、冥賀トンネルで検索しても殆どヒットしねえな。知る人ぞ知る穴場ってか」 「冥界トンネルは?」 「倍ヒット」 板尾の手元を覗き込む。スマホの小窓にはおどろおどろしい黒背景に赤文字タイトルでホームページが表示されていた。 全国各地の心霊スポットを地域別に網羅したサイトらしく、我らが冥界トンネルは関東に振り分けられていた。 どこの誰だか知らないが物好きな管理人もいるもんだと感心する。 「やっぱそっちの呼び名のがメジャーか。どんな心霊現象が報告されてんの」 「白っぽい人影を見る。機銃掃射の音がする。幽霊列車が通り抜ける」 「八神の証言通りか」 「学年一の美脚の八神な」 「知ってんの?」 「女子バスケ部のエース、校内じゃ割と有名人。今夏の大会じゃレギュラー入り果たしたって噂」 「めでてえ」 呑気に駄弁りながら草をかき分け、キャンプに適した場所を見繕い、どっこいせとリュックを下ろす。太陽の光を弾く、板尾の耳たぶに目が行く。 「ピアス増えた?」 「わかる?三個目」 「色気付いちゃってこんちきしょー。夏の予定ねえの?」 「随分なご挨拶だなオイ、二人じゃ色々大変そうだから付き合ってやってんのに」 「嘘嘘ジョーダン、頼りにしてるって」 両手を合わせ拝むふりをすりゃ、少し離れた道路を誰かが歩いてきた。 「よ。全然日焼けしてねえのな」 片手を挙げて迎える板尾を一瞥、茶倉が上品に眉をひそめる。 「なんでおんねん」 あんまりにもあんまりな第一声に、板尾が心外そうにスマホを突き付ける。 「ライン!グループ!待ち合わせ時間指定したろ!?」 「三人でキャンプするって親丸め込んだの忘れた?お前んちに泊まる事にしてもよかったけど、うちのバカ息子が世話んなったって後で電話行ったらやべえし」 「でもって辻褄合わせ要員が召喚されたわけ。うちの親はハワイ旅行中」 板尾が爽やかなキメ顔で自分を指す。威張る場面か? 「二人でこそこそ水くせーじゃん、俺だけのけ者にしようったってそうはいかねえぞ」 「さびしんぼか」 「俺たちトリオだろ。人呼んで大乱闘オカルトブラザーズ」 「お前みたいに頭悪いのが血縁とか絶望して養子縁組するわ」 「ただでさえクラス別でハブられがちなんだ、夏休み位遊んでくんなまし」 「そーそー、仲間は多い方が楽しいじゃん」 笑顔で真ん中に割り込み、板尾・茶倉と肩を組む。茶倉は憮然としたまま、板尾は対照的に上機嫌。 今回の相談者は篠塚高校二年三組八神るい。依頼をうけたのは夏休みを目前に控えた七月下旬、八神の祖母が蒸発したのはさらにその前に遡る。 「しっかし信じらんねー、幽霊列車に轢き殺されかけたとか突拍子もなさすぎ」 「もっとアンビリバボーな体験しとるやんジブン」 板尾のぼやきに呆れたツッコミを入れる茶倉。俺はスマホをタップし動画を早送り。 「八神が送ってきた動画。十分二秒で止める」 一時停止した動画を茶倉と板尾が覗き込む。撮影中のユーチューバーの背景には、トンネルの奥へと歩いてく、小柄な老婆が映っていた。着てるのは白地に花柄のパジャマ。 「な、ばっちり映りこんでるだろ」 「ホントに八神のばあちゃんで間違いねえの?」 「本人が断言してる」 夏休み突入後も八神とは連絡をとっていたが、祖母はまだ見付かってないそうだ。家で待機する両親の心労は募り、八神もかなりへこんでいた。 「焼きそばパンの恩義があっから力になってやりてえけど……」 「やっすい男」 「るっせ」 憎まれ口に悪態を叩き返し、今後の方針を検討する。 「まずはこれまでの経緯をおさらい、図書館で調べたら冥賀トンネル列車襲撃事件の詳細が古新聞と郷土史に載ってたぜ。概ね守屋のじいちゃんの言うとおり、発生日は昭和二十年八月六日の午前九時ごろ。新宿発長野行きの列車が米軍の戦闘機、P-51マスタングに襲われた」 「えっぐいな、前と後ろ両方から挟み撃ちかよ」 「トンネル入ってさあこれで大丈夫、って安心した矢先に、出口で待ち伏せてたヤツがバババ」 死屍累々に阿鼻叫喚の惨状を想像し、思わず顔を顰めちまった。 八神の依頼をうけてから二週間弱、手分けして情報収集に励んだ。その過程で接触したのが守屋のじいちゃんと更紗さん。 守屋のじいちゃんに対面した際偽名を使ったのは身バレを防ぐため。忘れちゃいけねえ、茶倉んちは地元じゃ有名な拝み屋にして市長と懇意な名家なのだ。 遺族から話を聞くのに拝み屋の孫がしゃしゃりでちゃ反発招くと踏んで板尾の名前を借りたものの、騙したみたいで心が痛え。 「守屋のじいちゃんは冥賀トンネルで妹に死なれ、更紗さんの友達は失踪してる」 「八神のばあちゃんと関係あんの?」 「わかんねーけど……茶倉~なんか感じる?」 茶倉はトンネルの入り口を真っ直ぐ見詰め、目を細めたり開いたりしていた。霊視を行ってるのだ。 「ざわざわしとる」 「抽象的。わかりやすく言うと」 「神隠しがようおきる、ってのは嘘ちゃうな」 「八幡の藪知らずだっけ。アレと同じ?」 「近いな」 敢えて断言を避け、曖昧な表現に終始する。コイツは慎重派なのだ、確信持てたこと以外はなるべくぼかす。 「とりあえずテント張るか。入口のそばで見張ってりゃ異変に勘付く」 「楽しんどるやろお前」 「茶倉は?泊まりオーケー?」 「ババアは四国。帰りは明日」 「よっしゃ」 俺達の目的は八神のばあちゃんを連れ帰ること。幽霊列車との遭遇に備え、草むらん中に基地を作る。 「そっち持て板尾」 「ラジャー」 「関西人もサボってねえで手伝え」 「めんどくさ」 「働かざる者食うべからず」 「まさか飯盒持参できたんか」 「当たり。ボイルで三分のレトルトカレーもあるぜ」 「完璧キャンプやん」 「林間学校思い出すなあ」 テントを設営、中に転がり込んではしゃぐ。ピラミッド型の天井にテンション上がる。 「川の字じゃ窮屈か」 「交代で寝ずの番な」 「トランプ持ってきた?」 「もちろん」 「ババ抜きやろうぜ」 「ポーカーにしねえ?そっちなら負ける気しねえ」 「え~ルール知んねえし」 「簡単だよ、教えてやる」 「多数決できめようぜ、茶倉はどっちがいい?」 心霊スポットでキャンプってのもちょい不謹慎な気がするが、この際依頼の延長と割り切り堪能する。ただ一人茶倉だけが白けていた。 「アホくさ」 「青春ぽくてたのしーじゃん」 「そうだそうだ、俺たち青春アミーゴトリオだろ」 入口の帳を上げて茶化す板尾に便乗、カードを捌きながら口添えする。茶倉は腕にとまった蚊を叩き殺すのを仕損じ、憎たらしげに舌打ちしていた。 「虫多いなここ」 「スプレーあるぜ」 「貸せ」 俺が投げたスプレー缶をキャッチ、生っ白い腕やら足やらに神経質に吹き付ける。 「女子か」 思わず漏らしたツッコミに板尾もげんなり。前途多難。

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