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8月5日/夜/冥賀トンネル前①
「ちくしょーまた負けた!」
最下位の板尾がカードをばら撒いて突っ伏し、俺は腹を抱えて笑い転げる。
「ははははは弱え~」
「グルんなってイカサマしてねえ?」
「なめんなボケ、インチキせんでもお前ごとき圧勝やで」
「ざーこざーこ」
「今度雑魚って言ったらぶっとばすぞ!」
「じゃーこじゃーこちりめんじゃーこ」
鼻高々に踏ん反り返る茶倉の隣で囃し立てる。可哀想に、煽り耐性の低い板尾くんは真っ赤。
ビニールの帳越しに虫の声が聞こえてくる。スマホの時計を確めりゃ午後八時過ぎ、まだまだ宵の口。
拗ねてそっぽを向く板尾ににやけ、マイクに見立てた拳固を突き出す。
「罰ゲーム、黒歴史告白タ~イム。今度はどんな赤っ恥体験を披露してくれるんでしょうか」
板尾氏がどっかり胡坐をかき、シリアスな面持ちで深呼吸。
「学校前の坂の下にコンビニあんじゃん」
「バス停の向かい?」
「そこそこ」
「がどうした?」
一瞬だけ言い淀む。
「……トランプと間違えてコンドームの箱をレジに持ってった」
吹き出す。
「はははははは!」
「パッケのデザイン紛らわしいんだよ、しかも若い女の店員に当たっちまって」
「わはははははははははははは!」
「笑うな!」
「うける~童貞まるだし~」
「お前よか先行ってるよ、元カノ持ちなめんな」
「トンネルの様子は?」
ツボにはまって爆笑する俺をスルーで茶倉が確認、ぶすくれた板尾が帳を捲る。
「異常なし。列車も来てねえ」
「空振りか」
「思ったんだけどさ、わざわざ泊まんなくてもいいんじゃね?」
「というと」
「こっそり家抜け出して、持ち回りで張り込むとか」
カードを切る手が止まる。何食わぬ顔でシャッフル再開。
「冴えてるじゃん板尾」
「ひょっとして今気付いた?」
「列車が来るタイミング読めねえし、一晩張り付いてた方が遭遇率上がるかな~って」
「行き当たりばったりやん」
ぐうのねもでねえ。地団駄踏んで開き直る。
「ダチとキャンプしたかったんだよ、今年の夏は親が忙しくて家族旅行の予定ねえし!」
「心霊スポットで?」
「住めば都っていうじゃん」
「骨埋める気なら止めへん」
「埋めたくはないです」
テントの底にのの字を書いていじける。板尾と茶倉が向ける同情の眼差しが物理的に痛てえ。
「どうりでノリノリのはずや」
「完食したくせに」
夕飯は既に終えた。俺が持ってきた携帯コンロを点け、飯盒で米を焚き、その上にレトルトカレーをぶっかけたのだ。ちなみに俺が飯盒、茶倉が蓋、板尾が紙皿で食器を代用。プラの使い捨てスプーンは人数分配った。
火の始末を徹底し、ゴミをちゃんとお持ち帰りすりゃ文句は言われねーだろ。
気分を変えて仕切り直す。
「ババ抜き飽きたな~。次はなに、神経衰弱?」
「ポーカー」
「だからルール知らねえっての」
額を突き合わせああでもねえこうでもねえと話し合うあいだ、茶倉は猫だましを連発していた。
「取り逃がした」
「蚊?好かれてんなー」
「叩いても叩いても密入国してくんねん、ドタバタ大騒ぎして蚊帳吊る意味あらへんかった」
「気分出るだろ」
「出してどないすんねんしょうもな」
「ノリ悪ィ」
「は?」
大袈裟に肩を竦める板尾に茶倉がガンをとばす。まずい。
「じゃんっ」
ご機嫌な効果音付きでリュックから取り出したるはLサイズの花火の詰め合わせ。茶倉は無表情。
「やるんか?ここで?」
「〆に」
「本来の目的忘れとるやろ完全に」
「俺は付き合うぜ」
板尾がことさら明るく笑いウィンクをよこすのに拝み手で礼を述べ、善は急げと支度にとりかかる。
「火は?」
「親父の百円ライター借りてきた」
帳を跳ね上げるや涼しい夜気が身を包み、濃密な草の匂いが鼻を突く。周りに人家が見当たらねえってことは、通報や補導の心配しなくてすむ。
「さすがに真っ暗」
「すげー星が見える」
「このへん明かり少ねえもんな」
俺と板尾が天然の星空に感動する横で、茶倉は蚊を叩いて殺していた。
「はよ終わらそ」
「なんだかんだまざるんだ」
「ぼっちは嫌?」
「帰る」
「ごめん嘘嘘」
即座に回れ右する茶倉を二人がかりで引きずり戻し、ススキ花火にライターで着火。
「花火大会スタート!」
「イエーイ!」
板尾とホップステップハイタッチが開始の合図。オレンジの炎が先端に燃え移り、シューッと音たてて幾条もの光の筋が枝垂れる。
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