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8月5日/夜/冥賀トンネル前③
板尾が間の抜けたしゃっくりを上げる。手には開栓済みの缶ビール。
「おまっ、どっから」
「うち」
「ちゃっかり持参かよ」
「飲む?」
「遠慮しとく」
「ノリ悪」
「酒ははたちを過ぎてから。ゴミ持ち帰れよ」
「了解」
せっかくの夏休みだし、堅苦しいことは言わず話題を変える。
「本格的な花火って久しぶり。小坊の頃は近所のガキんちょどもで集まってやったんだけど」
「町内会の行事?」
「保護者の監督付き。中学ん時も一回やった、剣道部の合宿の夜」
「元剣道部だっけ」
「一応主将」
「なんで辞めちまったの。人間関係のごたごた?」
「色々あったんだよ。板尾は部活やんねーの、受験までまだ結構あんじゃん」
「だりぃもん」
溌剌とした声が急に湿気る。
「夏んなったら海で花火しようって、リカと約束したんだ」
魚住リカは板尾の元カノ兼クラスメイト、俺と同中の女子。鳥葬の巫女の祟りを受け、去年の夏休み前に命を落としている。
「バイト代貯めて、泊まりで海行ってパーッと遊ぶ予定だった。叶えてやれなくて彼氏失格だよな」
「板尾……」
あれから一年、立ち直ったように見えたのは強がりだったのか。そりゃそうだ、あんな別れ方したら引きずるに決まってる。
「アイツは俺のせいで」
「それ禁止。吹っ切る……のは難しいだろうけど、そろそろ新しい恋にトライしてもいいんじゃね?気になってる子いねえの」
魚住は一周忌を迎えた。葬式じゃ取り乱していた母親も徐々に回復し、現在は娘の死を受け止めている。
なのに元カレが未練を引きずってたんじゃ、アイツだって安心してあの世に行けねえ。
当の本人はセンチメンタルな気分に浸り、ぐびりとビールを飲む。
「こっちも頑張ってんだ、当たって砕ける覚悟であっちこっち合コン顔出したり。でもよ~ピンとこなくて」
「難しいな」
「烏丸、オンナ紹介してくんねえ?」
「は?」
「女友達いんだろ」
「クラスで喋る子はいるけど友達っていうほどじゃ……」
まずい風向き。ドギマギうろたえる俺の肩を掴み、ただならぬ気迫を込め問い質す。
「誰かいんだろ誰か、知ってんだぞ意外とモテるって」
「何それ知んねー」
「隣の席の女子が烏丸くんいいよねって噂してた」
「マジで?」
「落とし物のハンカチわざわざ届けてやったろ」
知らなかった、俺ってモテてたのか。クラスの女子には雑に扱われてんのに。
「茶倉とふたり揃ってると萌える~とか捗る〜とか」
「方向性違くね?」
「なあ頼む一生のお願いだ、イケてる女の子紹介してくれ!俺だって青春してえよ、けどリカよりイイ女なんかそーそーいねえし合コン行きまくってもさっぱりときめかねー!」
「さては泣き上戸だな」
まさかと思って辺りを見回しゃ草むらに累々と空き缶が転がっていた。飲みすぎ。
「しかたねえなあ」
回収中、俺が炙っていた地面の色が黒ずんでるのに気付いた。花火で焦げた……んじゃなく、土が掘り返された跡っぽい。
「クマ……じゃねえよな」
突如として板尾が号泣し始めた。
「リカあああああああああ、リカああああああああああ、なんでおいてったんだよおおおおおおおおお」
「近い近い顔近い!お前と魚住がラブラブだったのはよくわかったから一旦離れて」
「純愛だぞ!!」
「初エッチは?」
「夏休みに一線こえる計画だったんだよ!!」
「童貞かよ」
「うるせえ何か問題でも!?そーゆーお前は卒業したのかよ裏切り者、仲間だって信じてたのに!」
「あちちあぶねーから花火振り回すな、ゲンミツには童貞だけどヴァージンじゃねーっていうか助けろ茶倉!」
「手ェ離せへんねん」
「地面と睨めっこしてるだけじゃん!」
「ダンゴムシ直火焼きすんの忙しゅうて」
「鬼畜の所業かよ!?」
「リカあああああ、リカああああああああ」
さすがに気の毒になり、できるだけ優しい声で妥協案を述べる。
「えーと……ウチの姉貴でよけりゃ紹介するぜ」
「マジ?」
げんきんに泣き止む。
「姉ちゃん何歳?」
「大学一年。二個上」
「顔は?美人?可愛い?おっぱいでっかい?スリーサイズは」
「俺を女にした感じかな」
一瞬固まり、俺の顔をまじまじ見て検討しだす。
「イケっ……なくもねえのか?」
そこまで思い詰めてたのか。魚住亡き後合コンで空回りし続けたダチに同情し、一肌脱いでやる。
「練習台になってやっから口説いてみ」
「ここでか」
「カノジョ欲しくねえの」
「めちゃくちゃ欲しいっす」
「よし来い」
ちょこんと正座するなり飲み干した缶をぶん投げ、真剣極まる面構えで睨めっこ。
「……で、どうすんの?」
「褒めるんだよ」
「眉毛が凛々しい」
「ども」
「デコが広くてチャーミング」
「もっと言って」
「地声がでけ、肺活量すごくて待ち合わせん時助かる」
「言い直す意味あった?」
「顔がうるせえ」
「褒めてねえぞ板尾くん」
「カレーの具だって顔の部品だってでっけえ方がいいだろ」
「たしかにハンバーガー一口でいけっけど」
「さすがに二口やないと無理やろ」
「食べっぷりが良くて見てて気持ちいい」
「お代わりカモン」
「優しいよな。落ち込んでる時、ラーメン誘ってくれた」
「替え玉万歳」
「チャーシューくれた。感謝してる」
「どういたしまして」
お見合いみてえでむず痒い。鼻の下をこすって照れりゃ、板尾が奇声を上げジャンプ。
「すまん、手が滑った」
茶倉が板尾に花火を向けていた。良い子はまねしないでください。
「過失で済まされるレベルじゃねえぞ!」
「おみ足直火焼きされた位でキレんなや、両面炙ってチャーシューとお揃いにしたろか」
ぴょんぴょん跳ねる板尾の抗議を流し、地面に火花を注ぐ。
「茶倉~、ダンゴムシ焼くのやめてこっち来い」
「焼いとるんは餅だけ」
板尾と並んで首を傾げ、水を張った空き缶に燃え殻を突っ込む。
「〆はコレ」
花火大会も終盤にさしかかり、板尾が数メートル先に筒をセットし、ライターで着火する。
太筒から青い火が爆ぜ、一直線の軌道を描いて駆け上り、ダイナミックに花開く。
「た~まや~」
手庇で空を仰ぎ、やや小ぶりの打ち上げ花火に見とれる。右には冷めた様子の茶倉、左には子供っぽい笑顔の板尾。
集合場所があの世に直通と噂されるトンネルに面した草っぱらってのを差し引けば、気心知れたダチと遊びまくり、まんざら悪かねえ夏の思い出ができた。
ゴミの始末を終えテントに戻る際、茶倉が言った。
「ホンマお人好しやね。気晴らしさせたろ思て誘うたんやろ」
「何のことだか」
カノジョといちゃいちゃ相談し合って埋めた夏休みのスケジュールが悉くご破算になり、去年の板尾は塞ぎこんでいた。
冥界トンネルの調査に呼んだのは、この時期にぶり返す別れの痛みを馬鹿騒ぎでごまかす為でもある。
「……魚住の飛び下りにゃ俺も噛んでるし、責任感じるなって方が無理な相談」
「呆れた」
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