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幽霊列車②

静けさが沈殿する車両に規則正しい揺れと轟音が響く。 「板尾は迷子?」 「この車両に乗ったんは確かか」 「引きずり込まれた」 「消化されてもたか」 「悪い冗談」 俺が知ってる電車と違い吊り革はなく、横長の座席もねえ。ドラマや映画で見た機関車の中に似ている。 「戦時中に走っとった列車やな。見た目江ノ電ぽい」 「第二次大戦?詳しいじゃん」 「おとんが鉄オタやったねん」 「へえー」 素直に感心。茶倉が親の話をするのは珍しい、親父さんの趣味に言及するのは初めてだ。 トンネルを走ってる最中に目撃した列車の外観は、近現代に普及したスマートな流線形と異なり固太りでレトロだった。長さは十両程度、俺の知識が正しけりゃ最後尾の乗務員室にゃ車掌が常駐しているはず。 茶倉も同じ事を考えてたのか、木枠の背凭れを叩いて聞いてくる。 「ここ何両目?」 「わからん。たぶん五両目」 「頼りないな」 「しかたねーだろ、脇目もふらず走ってたんだから」 「板尾は移動したんか」 「じゃねえか?」 「勝手に出歩くとか命知らずなやっちゃ」 「それか幽霊にさらわれたか」 放心状態の板尾が引きずり込まれる光景を回想、鳥肌立った二の腕を抱く。 「早くさがさねーと。待ってろ、今すぐ」 行方知れずのダチに語りかけ、クラウチングスタートの構えをとりゃ、足払いをかけられた。 「何すんだ!」 勢い余ってたたらを踏む俺に、腕組みして座席に凭れた茶倉が、ほとほと呆れ返った眼差しを注ぐ。 「無策で突っ走ったかてミイラとりがミイラになってしまいや、ここが敵陣のど真ん中て忘れんな」 俺たちは幽霊列車に飛び乗った。後戻りはできねえ。猛スピードで走ってる手前、途中下車も難しい。 「マジでお目にかかれるとは……」 「八神の話疑ってたんか」 「そうじゃねえけど」 夜な夜な廃トンネルを走る幻の列車。中には亡者が犇めいている。車両の真ん中に立ち、わざとらしく手庇を翳す。 「肝心のお化けは?」 「びびって隠れてもたか」 「他の車両に避難したのかな。とりあえず行ってみっか、板尾も心配だし」 「まずは下見や」 場違いに落ち着いた茶倉の指示で、手分けして周囲の様子を確める。網棚は空っぽ、座席には誰も座ってねえ。 「窓は?」 「駄目だ、開かねえ。手伝え」 「しゃあないな」 がたぴし軋むギロチン窓を息を合わせ持ち上げる。途端に強い風が吹き付け目が乾く。 「わぷ」 「顔が出るだけしか開かんか」 「さっきはもっと開いたぜ」 窓辺に顔を並べ、轟音が唸り続けるトンネルの彼方を振り仰ぐ。入口は真っ暗闇に沈み、まるで見通しが利かない。 「出口は!?」 「落ちるで」 窓枠をしっかり掴み、精一杯身を乗り出す。風を孕んだ裾と袖がばたばた騒ぎ、トンネル中に絶叫が響く。 出口はあった。とんでもなく遠くに。 「嘘だろ」 トンネルの遥か前方、数キロ先に存在する丸い明かりは、列車が走り続けても一向に近付いちゃこねえ。 「暗闇ん中で遠近感狂ったんちゃうか」 「違ェよ、物理的に伸びてる。昼見た時はこんな長くなかったじゃん」 トンネルの全長はせいぜい百メートル、足で調査した俺が断言するんだから間違いねえ。 大前提として、十両編成の列車がトンネルの全長を超すはずない。列車の出現時から異界化していたと見るのが妥当だ。 火花散るレールを見下ろし唾を飲む。スピードは先刻に増して上がり、飛び下りたらただじゃすまねえ予感がひしひし伝わってきた。最悪轢き殺される。 もっとよく観察しようと上半身を出し、窓の下辺と枠の間に挟まる。 「やべっ抜けねっ」 宙を蹴って暴れる。 「何しとんねん鈍くさ」 「引っ張って!」 「頭囲大きゅうてデコ広いくせに無理すな」 「デコは関係ねえだろ!」 背後に回る足音。茶倉が両足を持って引っ張り出す。 「痛てっ、もっと優しくしろ馬鹿!」 「文句が多い。捨ててこか」 「ごめん嘘です感謝してます、頼む捨てないで風が顔に当たって痛てててて」 頭を突っ込んでじたばたする俺の上方、振動が伝わったギロチン窓が不穏に軋む。 「い゛っ!?」 顔を傾げ、極限まで目を引ん剥く。俺の首めがけ、ギロチン窓が猛然と落ちて来る。 窓と窓枠が激突し、強烈な衝撃がガラスを震わす。

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