12 / 27

幽霊列車③

「た、助かった~」 間一髪、切断される前に離脱成功。茶倉を巻き添えに倒れ、濛々と舞い上がった埃に咳き込む。 「頭と胴体泣き別れせんでツイとった」 「うなじがヒヤッとした。ヒヤリネック」 「窓と窓枠に挟まれたら身動きできんで窒息死か。このさき壁に突起があったり幅が狭うなったら厚い面の皮ゴリゴリ削れて」 「グロっ、嫌がらせかよ!?」 「行くで。時間がもったいない」 気取った手付きで埃をはたき、涼しい顔で立ち上がる茶倉に続いて歩き出す。 「夏にしちゃ寒くね?」 「幽霊列車さかい」 「エアコン要らずでエコだな」 空調が働いてる様子がねえにもかかわらず、室温は一定に保たれていた。とりあえずは次の車両を目指し、連結部に足を運ぶ。 「なあ茶倉」 「なんや」 「この列車、実体あるよな。さっきは窓に挟まれそうになったし、座席だってさわれる」 通りすぎざま背凭れや肘掛けを叩き、そこに在ることを確める。幽霊列車に乗り込んだ実感がいまいち薄く、危機感が麻痺ってるのは、周囲の様子があんまり普通すぎるからかもしれねえ。 「能天気やね。一分前に首落とされかけたのに」 「電車のドアに挟まれんのはよくある事故だろ」 「走っとる乗り物から手や顔出したらあかんて親に教わらんかったんか」 「本当に幽霊列車なのか?誰が何の為に動かしてるんだ」 「火遊び立ちションのバチ当てにきたんちゃうの」 「真面目に答えろ、板尾が消えちまったんだぜ。八神のばあちゃんや葉月さんの行方も心配だ。生きてんのかな?」 「会ってみなわからん」 「二人もこの列車に乗ってんのかな。ってことは……」 続く言葉を飲み込み、俯く。 「手遅れとでも言いたいんか。珍しく弱気やな」 「俺だって無事でいてほしいよ、だけど」 電車から生えた無数の白い手を思い浮かべ、立ち止まる。 「このトンネルがあの世と繋がってんなら、列車に乗っちまった時点で詰みじゃねえか」 そもそも帰れるのか? あの時茶倉の手を掴んだりしなけりゃ、大人しく一緒に引き返してりゃ、俺たちだけでもウチに帰れたんじゃないか? 「―ッ、」 何考えてんだ、俺。板尾を見捨てて行く気か。強く唇を噛み、自虐的な思考を打ち切る。 前を歩く茶倉が顔半分だけ振り返る。 「小野篁て知っとるか」 「どっちが苗字」 「期待を裏切らん返答おおきに。古文の復習せえよ」 「赤点続きで」 「てへぺろきしょ。落第すんで」 「中間期末は泊まりで勉強会すっか」 「小野篁は平安時代に実在した公卿にして、奇行の多さから野狂と称された反骨精神旺盛な歌人。百人一首にも載っとる」 「どんな」 「わたの原 八十島かけて漕ぎ出でぬと 人には告げよ海人の釣舟」 「意味は」 「今に見とれて流罪人の強がり、イキリ左遷役人の捨て台詞」 「その負けず嫌いタカムラがどうしたの」 「六道珍皇寺の黄泉返りの井戸使て、現世と地獄を行き来した逸話がある」 平坦な闇を切り取る窓ガラスが、達観に倦む横顔を映す。 「亡母恋しさに井戸下りた篁は、餓鬼道に堕ちて苦しんどるおかんを見かね、どうか助けたってくださいて閻魔大王に陳情すんねん。で、昼は朝廷の役人として、夜は閻魔大王の右腕として二重生活を送るようになった。知り合いがおっ死んだ時は閻魔に口添えして戻したったり、色々やっとったみたいやで」 韜晦を孕む視線が横に逸れ、延々と闇が続く車窓を眺める。 「トンネルと井戸はよお似とる。違いは縦か横かだけ、あの世と繋がる条件揃とんねん」 竪穴か横穴か。井戸を横に寝かせたのがトンネルなら、この先には地獄が待ってるのか? 込み上げる不安をごまかし、快活な笑顔で嘯く。 「タカムラと会えっかな」 「握手してもらえ」 「お袋さんはなんで餓鬼道に?」 「弔い疎かにしたんやろ」 「生きてる人間に悼んでもらわなきゃ死んだ人間も報われねーんだな」 板尾の場合はどうだ?ちゃんと魚住を悼んでいたはず……。 「生者の未練が足を引っ張る場合もある」 俺の心を読んだかのように指摘し、こっちに向き直る。 「トンネルで見たの、ホンマに魚住やったんか」 「体型は似てなくもなかったけど」 「けど?」 「魚住にしちゃ胸デカかった。Fカップはあった」 「……」 「白い目で見んな。ぶっちゃけわかんねーよ、すぐ消えちまったし。お前は見なかったの?」 「押さえ込むのに手一杯」 「板尾は魚住と勘違いした」 「元カレに忘れられてまうんが嫌で現れたとか」 「一年越しに?好きなヤツが漸く立ち直って前に進もうとしてんのに邪魔しにきたりしねえよ」 「案外執念深いタイプかも。板尾のどこがええんか謎やけど」 「魚住に限ってそれはねえ、全然らしくねえ。いたずらに姿見せて一緒に行くってごねられたら嫌じゃん?大前提として寿命残ってんのに道連れになんかできっか、相手の将来考えんなら心を鬼にして突き放すのが正しいって俺は思いてえ」 本人が望まざる死に方しちまった魚住だけど、板尾の幸せを応援してくれてるって信じてえ。別れ際に見せた、切ない位に綺麗な笑顔を疑いたくねえ。 「板尾の人生はこの先何十年と続いてく。俺が知ってる魚住は好きなヤツを通せんぼするんじゃなく、ゴールまで走れって背中を押す女だよ」 むきんなって弁護する俺に譲歩し、茶倉が結論を下す。 「せやな。チラッとしか見てへんけど、魚住にしちゃ気配が禍々しかった」 「やっぱニセモノ?」 「板尾のアホが真っ先に狙われたんは、死者への未練に付け込まれたから」 そこで言葉を切り、俯く。 「なんで……ちゃうねん」 「え?」 独り言か?

ともだちにシェアしよう!