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君がいい。君しかいらない。(4)

「やっぱり(るい)だ」 「……(かみ)()?」  同じ学校の人どころか、同じクラスの前の席の奴だった。目を見開いたまま呼吸が止まる。あまりにも身近な人に見られてしまった。『もう居場所がないんだ』とあのネットの友人の言葉が頭を過ぎる。  あれだけすぐ傍でやり取りを見られていたんだ。襲われそうになった正当防衛とも見て取れたはずのあの状況だけれど、俺の発言でそれは無理な話だろう。 「類……息吸って」 「……っ、」 「吸ったら吐いて。そんな死にそうな顔すんなよ」  とりあえず早く走ろうと手を再び強く握られる。こうして走っているとまるで漫画のワンシーンのようだけれど、神井はただ俺の手を引っ張って走っているだけで、救い出してくれたわけでもない。見るだけ見ておいて最後に関わってきただけだ。  ……最後? いや、待てよ。もしかしたら神井は最後を見ていただけかもしれない。俺が男のアレを蹴り上げたところしか見ていない可能性だって十分にある。立ち止まって神井に何か言われるまでは、俺の学校生活終了が決まったわけではない。  まだ絶望の中にも微かな光が射しているように思え、ほんの少しだけ足取りが軽くなった。だからこうして俺なんかの手を引いて走っているのかもしれない。聞いていたら触れるのをためらうだろう。  もうここまで来たらさすがに大丈夫だろうというところまで走り切ると、神井はコンクリートの上に座り込んだ。隣をぽんぽんと叩き、俺にそこに座るように促す。それでも突っ立て躊躇っていると、無理矢理手を引かれ隣へと座らされた。 「……最初から見てたんだけどさぁ」 「は、」 「他人にあんまり興味なくて関わりたくないから見て見ぬ振りしようとしてたら、同じ制服だし、しかも類っぽいって思って、タイミング見計らって助けようかって時にお前が……すっげぇ強いな」  射し込んでいた希望の光は消えてしまった。俺の言動の全てを神井は見ていたし、見なかったことにするつもりはないからこうして俺にこんなことを言っているんだ。止まっていた手足の震えがまた始まって、口の中が乾燥して気持ち悪い。ない唾を何度も飲み込むと、吐き気までしてきた。 「否定しなかったし、お前ってゲイなんだろ?」  「……っ、」 「ちょっとそこで待ってて。どこにも行くなよ」  神井はそう言うと立ち上がり、走って来た道を戻り始めた。どこにも行くなと言ったけれど、体が強ばって動けない俺はそうしたくてもできない。小さくうずくまり心の中で、落ち着いて呼吸をするように何度も言い聞かせた。

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