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触れられる理由をちょうだい①(7)
どういう人なのか興味が湧いてきた。この人にとって俺との出会いは最悪ですぐにでも忘れてしまいたいものだろうけれど、俺は俺でこうして知らない男性のを扱いているのだから、よくよく考えれば俺も忘れてしまいたいものであるはずなのに。
……これっきりというのは惜しい気がする。
こんな出会い方、これからの人生で二度とないはず。運命という言葉はあまり好きではないけれど、このまま全く知らない他人に戻るのはやっぱりもったいない。
「俺の名前は、楠瀬。楠瀬佳吾」
「っあ、」
「覚えたくなくても覚えてくださいね」
一定のリズムで触っていたのに一気に緩急をつけると、びくりと肩が震え、俺の腕をしがみつくように握っていた手に力が入った。
「気持ちいい?」
「も、出るっ、出るっ」
「いいよ。このまま出しちゃってください」
今度は手で受け止めることなく、そのまま便器の方へと先を向けた。きれいに入ってはいかず、ぱたぱたと便座に飛び散る。今度こそ落ち着いたそれに俺も安堵した。
すぐさまトイレットペーパーで飛び散ったそれを拭き取り綺麗にすると、ぐったりとした男性を座らせた。それから男性の体も拭き、服を着直す間は体を支えてあげた。
「麦ちゃん、」
「……っ」
「って、呼んでもいいですか?」
「ちゃん、は、やめてほしい……」
「そっか」
トイレから出てベンチに座るまでも腰に手を回し体を支えた。もう恥ずかしいを通り越してしまったのか、俺が触れても何も抵抗しないし、涙も止まったようだ。可哀想なくらいに目が腫れてしまっているけれど。
「シマって漢字はどっちです? 普通に島? それとも山に鳥の方の嶋? 会社勤めなら名刺くださいよ」
「えっ、」
「これっきりにした方がいいって思っていた自分は消えまして。忘れたくても忘れられないと思うし、電車に乗る度に思い出したり、うっかり同じ車両になって顔を合わせた時とかに気まずくなるよりも、友人として仲良くする方が良いんじゃあないかなぁって」
「どういう……」
くるりと体ごと向けて滅茶苦茶なその言葉をぶつければ、男性は怒ることもなく意味を理解しようとして首を傾げた。
こんなにも素直でこの人は大丈夫なのだろうか。人柄も体も素直すぎだろう。
散々な体験をした人に対して生意気なことを言っているのだから、一度くらい怒鳴ればいいのに。トイレでのあの抵抗も怒ってのことではないし。
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