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8.「束縛」*俊輔

「――――…」  オレは、ため息をつきながら、シャワーを止めた。  絶対おかしい。  何故、こんなに一人の人間に。……真奈に、絡んでいるのか、自分でも分からない。  あの時だって、真奈で無い人間が、真奈とは違った言葉でもしも乗り込んできていたら、出来る限りの金は払うと言っていたのだから、それを受け取って終わりにしていたかもしれない。  正直、族に関係ない一般人を巻き込んだゴタゴタは面倒だし、下の連中なんかどうにでもなる。クスリを持って逃げた一人の馬鹿な奴を見逃す位、なんてことはない。  なのに。  あんな馬鹿な条件を出して、真奈を屋敷に引っ張り込むなんて。  ――――……馬鹿げてる。  後で聞いたら、真奈の母親が亡くなったのが少し前で、そこで初めて存在を知ったアルファの父親が援助してくれているらしい。当面の分といって、まとまった金を渡されていて、それで、金で折り合いを付けようと乗り込んできたということだった。  とにかく、一人暮らしというのは、都合が良かった。  大学は休ませて、父親には知り合いの家にしばらく泊まる旨の連絡をさせた。一人の人間を束縛するという事は、それだけの煩わしさがつきまとう。どこか違う場所に閉じこめているならまだしも、真奈を自分の部屋に置いているのだから、帰れば必ず毎日、自分のベッドに眠っている訳で……。  一人の人間と深く関わる事は、今までのオレにとって、煩わしい事でしかなかった。  鬱陶しい――――……。  特にこういった関係を、特定の誰かと続けることは、オレの中ではその一言に尽きた。時間的にも、関係的にも束縛する、逆にされるとかも、絶対無理だった。  それなのに。  自分から、こんな風に、無理やり引き込んで、側に置いて。オレの方が誰かを束縛するなんて。  遅く帰った時、真奈がいつも通りベッドに眠っているのを見ると、一瞬。ほっとする。起こして組み敷いて、真奈がぼんやりと見つめてくると、何だかよく分からない感情が、胸の内を占める。   「――――……」  ……イライラする。  訳の分からない感情は、胸の中で常に渦巻いていて、時々、大きく胸を乱す。    バスローブに腕を通し、バスルームを出る。  冷蔵庫に直行して、水を飲んで。そこでふと、真奈のことが気になる。  散々声を出していたし、喉が乾いてるだろうとよぎるが、起こすのもどうかと思い――――……そんなことを気にしてる自分も、謎すぎる。  寝室を見に行くと、ちょうど仰向けに寝ていた。  真奈に近づき、水を、口移しで飲ませる。こく、と飲み込んだ音がして、静かに唇を離すと。  ゆっくりと開いた真奈の瞳が、オレを見つめ返した。 「……起きてたのか?」 「……今、起きた」  水のペットボトルを真奈の近くに放り、髪の雫をふき取る。  何を思っているのだか知らないが、なんだかぼうっとしてオレの方を見ている。    ――――……シャワーを浴びて来て、それからちゃんと寝ろよ。  そう思ったのだが、口に出たのは、「シャワーを浴びて来い」という命令言葉だけだった。  気遣おうと思うほどに、何故かきつくなるオレの語気に、一瞬ムッとした表情を見せた真奈は、その後すぐに、それ以上逆らう気力もなさそうに目を伏せた。  バスローブを取ろうと伸ばした腕が、やけに綺麗に見えて、オレはその腕を掴んだ。 「……?」  不思議そうな顔でオレを見上げた真奈。  自分でも何をしたかったのか、分からない。 「……何?」   真奈に聞かれて、出てきた言葉は。 「裸で歩いて行けよ」 「――――……」    真奈は、何でそんな事を言うんだとばかりに、眉を顰める。  別に、そんな事をさせたかった訳ではなかったのだが。  ――――…大きな瞳に見つめられて、苦し紛れにそう漏れた。 「……何でそんな事……」  真奈の、訳が分からないといった表情と……言葉が、途中で諦めたかのように止まる。   ……はっきり言って、自分でだって、この感情を理解できていない。  何でと言われても、困る。 「早くしろよ」  そのまま、勢いに任せて言葉を紡いでいく。 「――――……今更だろ。お前の裸なんか毎晩見てるんだし」  そう言うと、真奈が俯き、手を握り締めた。  ……傷つけただろうか。  そう掠めると、胸に何かが突き刺さる気がするが、オレはそのまま続けた。 「お前よりオレのが、お前の体、知ってるだろ?」  笑いを含ませて言ったオレから視線を逸らすと、裸のままゆっくりと立ち上がった。   「……これで、いいの?」 「――――……あぁ」  オレが頷くと、真奈はそのまま部屋を出ていこうと、歩き出した。  その後ろ姿を、ただ見つめる。  ――――……女の裸とは、明らかに違う。  やわらかな曲線がある訳でもなく、触れても、別に女のように柔らかいわけでは、無い。けれど。  余分な肉の付いていない、スラリとした身体。……綺麗だと、思う。   「真奈」  部屋を出る一歩手前で、真奈を呼び止める。足を止めて、そのまま固まっている。   「……こっち、向けよ」 「――――……」  オレの声に反応して、嫌そうに振り返った真奈を、まっすぐに見つめる。  ――――……本当に、綺麗なまっすぐな瞳をした人間だと思う。    瞳は大きくて。形の良い顎も、唇も。   首筋から肩へのラインも滑らかで、とても綺麗だと――――……。   「――――……何……?」  真奈が、困ったように、不思議そうに、声を出す。  瞬間、我に返った。真奈から目を逸らし、オレは息を付いた。  ほんと――――……何考えてんだ。  苦笑いが勝手に浮かぶ。

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