20 / 111

20.「凌馬」1*俊輔

 今日、大学に居る時に、メールが入った。 『たまにはクラブに顔出せよ。皆待ってるぞ』  真島 凌馬(まじま りょうま)。 高校時代に出会って「親友」と呼べた男。  私立の名門と言っても、どこにだって陰での勢力争いはある。特にオレ達の代は、そういう人間が多かった。頭が良くて要領が良いせいで、教師達には気付かせるような事はなく、ただ水面下で激しく衝突していた。  最初は凌馬とも何度もやりあった。それぞれの中学でお互い有名だった事もあり、かなり意識していた。勢力争いなんか興味はなかったが、ただ目について、顔を合わせれば、拳を合わせた。  そうこうしている内に。……特にそうするつもりもなかったのに、一年は、オレ派と凌馬派に完全に分断されて全面戦争状態がしばらく続いた。小さな頃から、身を守る術として、一通りの武道を身につけさせられていた自分と対等に闘える奴なんて、それまでは居なかったから正直驚いた。  顔は教師にバレるからお互い極力避けての、限界ギリギリまで数回やりあった末、何回目かに凌馬が言った。 『こんだけやりあっても勝負つかねえんだ。引き分けって事にしねえ?』  引き分けなんて、生まれてからこの方一度も経験した事のない状態で、素直に頷けずにいるオレに対して、凌馬は更に。 『んでよ。仲間にならねえ?』 『あ?』 『上の連中もオレらの事狙ってるしよ。 手ぇ組もうぜ?』  何だか、すとんと、その言葉がオレの中に落ちた。 『――――……ああ。仕方ねえな……』  そうして一度素直に笑いあってしまえば、あいつほど頼りになる奴も信用できる奴もそうは居ないと思う位の存在になった。上の連中を片づけて、族を作って、後輩の連中やら付いてくる連中を引き連れて、随分遊び回った。 「――――……」  族は高校卒業と同時に引退したから、ほんの二年位前までの話。  大して時間が経った訳でもないのに、なんだか懐かしいと感じる。 「帰りはどうされますか?」 「適当に帰る。和義は帰ってて良いから」 「分かりました。お気をつけて」 「ああ」  オレを下ろした和義の車が発進するのを見送りながら、クラブのドアを開けた。  音と光の洪水。眩しくて、一瞬目を細めた。 「俊輔さんっ?」 「うっそ、まじで?」 「お久しぶりですっ」  開けた瞬間から、めざとく気付いて群がってくる女も男も軽くあしらいながら、奥へと進む。  一番奥にある、少し静かな一室。開けると、凌馬が笑って振り返った。 「よお、久しぶり。お前来る時、すぐ分かる」 「何が?」 「ドアの前が一瞬、異様に騒がしくなるからすぐ分かる」  クックッと笑ってる凌馬の隣に座る。 「久しぶりだからな。皆喜んでたろ」 「喜んでるかどうかはしらねえけど…… 騒いではいた、いつも通り」 「喜んでんだって。後で外行って、少しは愛想ふりまいてやれよ」 「……するか」  面白そうに言うので、ため息とともに返すと、凌馬はふ、と苦笑い。 「そりゃそうだな。馬鹿言ったな」  酒を頼んで、適当に飲みながら、最近あった事を話して、少し酔いも回ってきた頃。 「……お前、なんかほんとにご無沙汰だったな」  凌馬が改めてそう言った。 「あれだよな、二か月位前に約束してたのに、お前結局先帰ったよな。そん時以来か?」  ――――……真奈と会った、あの日だ。  凌馬に会いに来て、真奈に会って、連れて帰った。……凌馬には会わずに。  それ以来、初。 「大学ってそんなに忙しいもんなのかよ?」 「……別に。 ――――……そうじゃねえけど……」  そう答えてグラスをあおると、凌馬が覗き込んできた。 「……何だよ、その間は」 「――――……」  凌馬のツッコミに、しばし言葉に詰まる。  「ご無沙汰」になった原因を。真奈を――――……一瞬思い浮かべたことを、凌馬は直感的に気付いた、らしい。  もちろん、真奈のことは話していない。連れ帰ったといっても、別にあの時居た連中も、特に凌馬にそれを話していないんだろうとは思っていた。  凌馬は薬のことは反対だし、多分自ら言うやつは居ないだろうなと。  今の会話を思っても、凌馬は、真奈のことを知って居そうな気はしない。  でも。もともと勘が良いんだ、良すぎる位。たまに本気で超能力でも持ってんじゃねえかと思う位。 「”そうじゃねえけど” なんなわけ?」 「――――……」 「何か、隠し事してっだろ、お前」  鋭い瞳。  ――――……オレは、うんざりしてため息をついた。 「……言っちまえよ、何かためこんでるなら。隠すような仲でもねえだろ」 「――――……」  確かに。隠すような仲でも、ない。  けれど、どう口に出していいかが、全く分からなかった。  

ともだちにシェアしよう!