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23.「真奈の望み」*俊輔

 心底人が良いのか? 人の悪意よりは確実に善意を信じてる、みてえな。  ……へんな、奴。   「――――……」  オレを見上げてくる真奈のまっすぐな瞳に何だか耐えられなくなって、真奈の首の下に手を掛け、そのまま軽く押し倒した。 「な――――……」 「……寝ろよ」    何か言おうとした真奈に一言告げると、少し後、真奈は大人しく布団を肩まで持ち上げる。  オレは、寝室から離れると冷蔵庫から酒を取り出して、ソファに腰掛けた。    手に持っていたバングルを、じっと見つめる。  ペアなんて、絶対柄じゃないし、ありえない。そもそも女にすら、自分からアクセサリーなんか買おうと思った事はない。真奈に付けさせたいと思ったり、それと同じ物を一緒にセットで買ったり。……絶対オレはおかしい。  ため息をついたまま、窓の外の暗い夜空をを眺める。まるで自分の中みたいに真っ暗で。  オレは視線を外して、ソファにもたれた。  ずっと、自分の気持ちが不可解ではっきりせず、苛々していた。    ふとした瞬間、真奈に対して、今まで感じた事ないような、感情を持つ。  もしかしたらそれは、可愛いとか、愛しいとか。これがそういう感情なのだろうかと。……そうとしか思えないような、何だかやたらくすぐったい、感覚。けれどそれとは逆に、何だか物凄くイライラする感情も胸を灼く。    ……どうせこいつは、いつかここを出て行って、もう二度と関わることもない人間なんだと。  そう思うと、訳の分からない感情で埋め尽くされる。  離したく……ないのか、オレは、あいつを。  ……いつか、親父の後を継いで、グループのトップに立つ。  昔からそう言われていてたし、その為の勉強や、付き合いもさせられてきた。   そんな自分が、男を無理無理、囲ってるなんてバレたら、想像してる以上に痛手は大きい。だからこそ、和義もあんなに反対したのだろうし。  ……真奈がオメガだったら。結婚して、子供を作って。  そういう未来も……。 「――――……」  ――――……ある訳ない。   オメガだったとしても。  こんな風に始まった関係で、そんなこと。  自分が真奈をどう思っているのか。  ……たまに感じる、感覚は、何なのか。    そのモヤモヤした感じが 晴れたのは。  本当に ――――……ふとした瞬間だった。   ◇ ◇ ◇ ◇    翌日早めに家に帰ると、真奈が部屋に居なかった。  和義に真奈の居場所を聞くと、少し考えた後、思いついたように言った。  「多分、ルークと……」  ルークと? 「よくルークと遊んでらっしゃいますから」  クスクス笑う和義。何だか珍しい表情で、思わず和義を見つめてしまう。 「……何でそんな風に笑うんだ?」  聞くと、和義はふ、と笑いを収めた。 「すみません。真奈さんが遊ばれてると言った方が正しいような様子なので思い出したらつい……」 「遊ばれてる?」 「見て頂ければ分かっていただけると思います」  そう言われて、庭の見える窓まで近寄って見下ろす。  真奈がルークと戯れているのを見つけた。  ルークに抱き付いて撫でながら、オレには見せたことのないような笑顔で、何か話しかけている。    その笑顔に。  ――――……モヤモヤしたものが、一気に、晴れた。    笑顔の真奈。  誤魔化しようがない程に、はっきりと。  ……可愛いなんて、感じてしまった。  ずっと心を掠めながらも認めずに来たのに。 「若?」  黙ったまま窓から離れて歩き出したオレに、和義が呼びかけてくる。  けれど、とりあえず真奈の元に行きたくて、返事もしなかった。  少し急ぎ足で一階に降り、庭に出ると、後ろから真奈に近づく。振り返った真奈に、どうしようもなく抱き締めたくてキスしたくて、触れた。  こんな風に想ってキスした相手なんて、居なかった。  その後さすがに、和義にすぐに注意されて、離したけれど。本当は、離したく、なかった。  誰かに対して、そんなことを思ったのも、初めてだった。  多分オレは……真奈の事が愛しいのだと――――……。  今までのどんな女よりも、真奈の事を可愛いと思ってるのだと。  それを、嫌でも実感した、瞬間だった。  その後、庭なんかで真奈にキスしたことを延々諭しだした和義の話を一応は聞きながら、オレは考えていた。    ……可愛いとか、思ってしまっている、真奈を。  どうしてやれば、あいつが幸せなのかは、分かってる。    ……ここから出してやる事だ。  真奈に望みを聞いたら、間違いなくそう言うに決まってる。    だけど、それは、したくない。  としたら、それ以外で、真奈にしてやれることは、あるだろうか。    延々と諭してきていた和義の言葉が途切れた時、オレは聞いてみることにした。 「和義」 「……はい?」 「……真奈は何を望んでると、思う?」 「若?」 「……ここから出してやること以外で――――……何か思いつくか?」  和義はしばらく返事をせずに、オレをじっと見つめていた。  オレの質問に、和義がこんなに長い間答えないのは珍しい。  何となく逸らしていた瞳を和義に向けると。和義は、ふ、と息をつきながら、笑った。 「外に連れ出してさしあげたらいかがですか? ずっと屋敷で、退屈してらっしゃるでしょうし」 「……分かった」  頷くと、和義はまたふ、と笑い、延々と続けていた説教をそこで止めた。

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