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29.「怖い」*真奈※

「……っや……痛た……」  片手で押さえつけられたまま、俊輔がもう片方で自分のベルトを器用に抜き取った。 「え……や……  嫌だ……やめ……!」 「邪魔くせえんだよ……動くな」 「……っ」  あまりの怒気に怯んだ瞬間。  恐らく縛り付けようとした俊輔が、ベッドの上で何かを見て、一瞬強張った。  さっきまでオレが持っていたバングルだと気づいたと同時に、俊輔は、ちっと舌打ちすると、オレの手首をくくりつけていた手を解いた。そして、ベッドのバングルを手に取ると、自分のしていたバングルを外して。あろう事か、二つまとめて、窓に向かって投げつけた。 「――――……!」  今日一日。バングルを見ながら、ずっと、考えて、いた。  何のために、こんなもの、くれたのか。何の為に、オレを、抱くのか。  オレは、何のために、ここに、居させられているのか。  まるでそれが手錠のようにすら思えてきて、本当に嫌だと思っていたそのバングルが窓にあたって、予想以上に大きな音を立てた。この部屋に、置いておきたく、なかったんだろうか。あまりのことに、オレは完全に我に返った。  信じられない行為に、身を竦ませたオレを、俊輔が睨み付ける。ベルトをオレの手首に掛けると、それ以上は出来ないだろうと思う位にきつく縛り上げた。 「……ッ……」  少し動かすだけでもベルトが皮膚に食い込んできて、痛い。 「動くんじゃねえぞ」  低い声で言い残して、俊輔はベッドから立ち上がり、姿を消した。  すぐに、扉がノックされて、同時に西条さんの声が聞こえた。 「若、今の音は」 「何でもない」 「ですが」 「物を投げたら窓にぶつかっただけだ」 「何があって……」 「……何でもない」 「若……」 「いい。和義。 大丈夫だから下がってろと言ってる」 「――何かあったら、すぐお呼び下さい」  俊輔の有無を言わせない低い声。西条さんは少しの沈黙の後。言われた通り退いたらしい。  再び、静かな空間が場を支配した。  ……俊輔が西条さんに、あんな口調で話すのを初めて聞いた。   その間もベルトを緩めようと藻掻くのだけれど、思った以上にきつく括られていて、外れるどころか緩みさえしない。起き上がって、少しだけ後ずさる。ただ、怖い、という気持ちだけが、募っていく。  少しして、何かアルコールの瓶を持った俊輔が戻ってきた。 「――――……」  足を引かれて下げられて、上にまたがる俊輔を否応なく、見上げる。   「ここから出たい?」   至近距離で睨まれる。 「……それを決めるのは、お前じゃない」  持っていたアルコールの瓶を開けて、飲み込む。  それから俊輔がオレの顎を掴んだ。キスされそうになって、咄嗟に顔を背ける。  けれどすぐに更に強い力で、顎を引き戻された。 「――――……勘違いしてねえか?……」  俊輔はアルコールをあおると、オレに口うつしで無理矢理流し込んできた。 「ん、……っ…… !」  飲み込まされたその熱さが喉を焼く。   慣れない刺激に咳込んでいると、俊輔は少しして、再び口うつしで無理矢理飲み込ませた。 「……っ?……」  何か今――――…… 何か、飲まされた?  舌に何か押し込まれて、そう思ったのに、そのまま飲み込んでしまった。 「……っ……う…………」  喉が、熱い。これは、アルコールの刺激だと思うけど。  今の、なに……。 「お前はオレのモノだろうが――――……嫌だなんて言う権利は、ねえんだよ」  ……ぞっとする程、冷たい声。  しばらく離れていたから、忘れていた。  この、俊輔を怖いと思う、感覚。  最初の頃は……こんな、だった、かも。    「オレに逆らって無事で済むと思ってンのか?」 「――――……」  少しでも良いから俊輔から離れたくて、藻掻くけど、その動作はより俊輔の気を逆撫でる、みたいで。  「……動くなって言ってる」  キツイ瞳とぶつかって、息を飲むしかなかった。 「…………っ……?」  何だか――――……体、熱くて、肌の上が、ザワつくような、感覚。  気づくと、息が、上がっている。 「毎晩オレにヤられてヨがってるくせに、今更だよな」   低い、声。今は、何の、感情も無い感じなのが、余計怖い。  もう梨花の事なんて頭から消え去っていく。余計な感情や葛藤は消えて、ただ恐怖だけが募る。

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