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2.「逃げる?」*真奈
「すみません、もう時間なので少し出かけてきます。その間に医者が来ますが、彼は絶対に余計な事は口にしませんから、きちんと治療を受けて下さいね?」
「……はい」
「何かあったら、こちらの電話で呼び出してください。私の番号が登録されています」
サイドテーブルに、スマホが置かれた。頷いたオレに、「ゆっくり休んでくださいね」と言って、西条さんが姿を消した。
本当に、どうしたら良いか、分からない。
……俊輔に、会いたくない。俊輔が怖いと、思ってしまってる。
安心して眠れるタイムリミットは、今夜まで。
……西条さんの言葉なんて、なんの救いにも聞こえない。
落ち込んでるとか。……ほんとかって感じ。
「――――……」
お粥を少し口に運んで、すぐにサイドテーブルに避けた。
食欲なんか、ある訳がない。
ベッドに沈んで目を閉じていると、しばらくしてノックと共にドアが開いて、白衣を着た男が現れた。
「おはようございます。少しは楽になりましたか?」
「……はぃ」
昨日は気を失っている間に治療が済んでいたので、羞恥は無かった。
でもこの人に、昨日、色々見られたのかと思うと、どうにも、視線をまっすぐ向けられない。
もう今日は大丈夫だと言うオレに対して、必ず治療するように言われていると、医者は頑なに言う。
心の中では半分泣きながら、オレは仕方なく治療を受ける事になった。
男にやられて、こんなに傷が出来た事も、手首が縛り上げられたものである事も、全部ばれてる訳で。
余計な事は言わない医者だと、西条さんが言っていたので、辛うじて耐えることが出来た位だった。
点滴と、解熱剤などの薬を処方してから医者が帰っていき、やっとほっとする。
けれど何だか本当に精神的に疲れ切っていて――――……ぐったりと、ベッドに沈んだ。
その時。
また静かにドアが開いて――――…… そこから顔を覗かせたのは。
梨花、だった。
「…………」
何で、ここ――――……。
咄嗟に肘をついて起き上がった瞬間。
「お医者様が出ていくのが見えたから」
オレの疑問を悟ったのか、そう答えながら、梨花は後ろ手にドアを閉めた。
「あなたがここにいるのは……俊があなたを傷つけたからなの?」
キツイ視線に、何も答える言葉が無くて、梨花から視線を外して、俯いた。
「どうして、そんな事までされて、ここにいるの? ……そういうのが趣味な人なの?」
よくわからない質問だなと思う。
……趣味って何……?
「……そんな訳無いし……」
「――――……じゃあ、何? 何でいるの?」
「事情があって……友達、助けてもらう代わりに……来たから」
「何それ……」
流石に驚いたようで、梨花はそう言って、しばし言葉を失った。
「じゃあその友達のことがなければ、あなたはここから出ていってくれるの?」
「……オレを追い出したいっていう気持ちより…… オレが出たいって気持ちの方が強いと思う……」
そう返すと、またしばらく無言が続く。
「……じゃあ――――……出してあげる」
「え?」
「あたしが出してあげる」
「……だけど…… 」
「友達のことは大丈夫。俊はあたしに甘いし。それに、西条さんだってそのこと、知ってるんでしょ? 基本的に西条さんは反対してると思うから、西条さんを説得して、その人のことも手を出させないって約束する」
「――――……」
「あたしのことは信じられなくても、西条さんのことなら信じられるでしょ?」
「……本当にそんなこと、出来るの?」
何とか梨花の顔を見上げると。
「あたしは、あなたに出ていって欲しいのよ。その為なら何だってする。あなたが出ていってくれるなら、その友達のことだって絶対助ける」
「――――……」
……完全に、梨花の言うことを信じた訳じゃない。
だけど……何だかもう頭が、考える事を拒否していた。
西条さんの連絡先は、今ここにあるスマホで分かる。頼み込めば、多分彼は、そんなに話の分からない人じゃない。俊輔の為になることなら、どんなことでも厭わずやってしまうような気もしてしまうけれど、俊輔の為にならないようなことは、多分、止めてくれる。
間違いなく、オレのことは、俊輔の為にはなるはずもないんだし。
そう思い至ると。色んなことを考えるのがもう、嫌で。
オレは、頷いていた。
梨花は、少し嬉しそうな表情になった気がする。
「当面あなたが暮らしていけるお金も、用意する。 だから、絶対に戻ってこないで」
強い口調と言葉に、オレがもう一度頷くと、梨花は、また来ると言って部屋を出ていった。
「――――……」
疲れ切って、両目を右腕で覆う。
ここから――――……出る、なんて。 出られるなんて、考えもしていなかったこと。
突然降って沸いたこの状況に、少し混乱する。
逃げて良いんだろうか、とか。
……逃げたオレの頼みを、西条さんが聞いてくれるだろうか、とか。
多分俊輔に逆らって、オレをここに隠してくれている西条さんの立場は、どうなるんだろう、とか。
後ろめたい気分が、消せない。
それでも。
ただ、何よりも強い想いは。
もう二度と。
……あんな俊輔に、会いたくない、という気持ちだった。
心底怖くて、何より、訳の分からない痛みで、心臓が、痛くて痛くて。
あんな想いをするくらいなら。
逃げたと言われても――――…… もう、どう思われても良い。
そんな風に思ってしまう自分が居た。
何だか情けなくて。
深い息を、吐いた。
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