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7.「笑う」*真奈

     やっぱりこういう、なんかすごい家の執事さんとなると、色々考えることも多そうだし……ちょっと怖いのかなと、今更ながらにオレが内心ビクビクしていると。当のご本人は、にっこり優しくオレに微笑んだ。 「せっかく持ってきたので、チェリーも置いていきますね。よかったらどうぞ」  お礼を言って受け取ると、西条さんは部屋を出て行った。 「……強いの、わざとか」  は、と俊輔が忌々し気に呟いた。 「ほんと、意味わかんね……」  そう言った俊輔のスマホが、震え始めた。  ちら、と画面を見てから立ち上がって、窓辺で話し始める。 「……もしもし」  だるそうだけど、電話は普通に話してる。 「……は? 今から? 近くに居るって…………あー、分かった。飯は?」  誰かと今から会うのかな。  ……これからどっか、行くのかなあ。  なんて思いながら、オレンジを剥いて食べていると、電話を終えた俊輔が席に座りなおした。 「……凌馬が来るって」 「…………」  一瞬、なんだか分からない。 「……あ、凌馬さん? ……ここに?」 「バイクで走ってて、近くまで来たからだと。あの感じだとすぐ来る」  ここに来ること、あるんだ。ずっと誰も来ないから、ここには人が入らないのかと思い込んでた。 「……ここに来るって」 「ん?」 「オレ、ここに居ていいの?」  そう言ったら、俊輔がオレを見て、ふ、と笑んだ。 「居ていいっつーか……あいつはお前に会いにくるらしいけど?」  え、そうなの? ……ていうか。今、俊輔。  ……笑った。  そっちの方に見惚れてしまって、反応ができずにいると。 「お前が元気かを見たいんだってよ」  もう一度、そう言われて、そうなんだ、と戸惑いながら小さく頷く。  ……そうなんだ。オレが、元気か?……あれから俊輔とちゃんとやれてるかどうか、見に来てくれるってことかな。  ……ていうか。俊輔……笑った、今。  そういえばあの前も、少しは笑ってたような気もするようなしないような。  でも、やっぱり、ほとんど笑ってなかったような……。  とりあえず、帰ってきてからは、初めて、かな……?  オレが何だかうろたえていると。  コンコン、とノックの音。すぐに西条さんが入ってきた。 「若、凌馬さんが門のところに来られたので、開けさせましたがよろしいですよね?」 「あぁ。近くに居るから寄るって。夕飯はまだだから、あいつ、何でも食うからほんと何でもいい」 「何かお持ちしますね」  俊輔の言い方に、西条さんは苦笑いを浮かべて頷いた。 「バイクだって言ってたから酒はいらない」 「はい。とりあえず、お連れします」 「あぁ、良い。オレが行く」  そう言って、西条さんと俊輔は、一緒に部屋を出て行った。  ……凌馬さん。  …………オレの様子、見に来てくれるんだ。  ていうか。うん。……俊輔。笑ってた。  ……ああやって普通に笑ってくれてたら。オレも笑えるかもしれないのでは……。  しばらくして、ドアが開いたので、振り返る。   「よお、真奈ちゃん。元気か?」 「凌馬さん」   なんだかあの時、朦朧としてた中で見てた顔だから、なんだか不思議な感覚で。もうこの人は怖くない、頼れる人っていう印象になってる。立ち上がろうとしたら、「あぁ、座ってていいぞ」と制された。  すぐ近くまで来て、オレを見下ろす。 「こないだ、ありがとうございました」 「ん。少し良くなったって聞いたから見舞いにきた。……顔色、良くなったな。良かった良かった。これ、やるから食べな」  紙袋を渡されて、中を覗くと、アイスクリームがたくさん入ってた。 「なんだ?」  俊輔に聞かれると、凌馬さんが「アイス差し入れ」と答えてくれた。 「食べるなら一つ取れよ」  そう俊輔に言われて、せっかくだからと一つ取ったら、俊輔は紙袋を受け取って冷凍庫に入れに行ってくれた。  くす、と笑って、オレを見下ろす凌馬さん。 「……なあ」 「?」    顔を寄せられて、首を傾げると。   「……俊輔、ひでえ事してねえ?」  こそ、と囁かれた言葉に、凌馬さんを見つめて、頷く。 「ほんとに?」 「……ほんとです」 「ふうん。そっか……じゃ良いか」    クスクス笑いながら。    「……少しは優しくなった?」 「……」    少し、ていうか……別人みたいだけど。  思いながらも無言で頷くと、凌馬さんはニッと笑った。   「頑張って優しくしてるんだと思うからよ……素直に受け止めとけよ?」 「……」    辛うじて頷くと、くしゃ、と頭を撫でられた。 「ワガママ言っても今ならたぶん何でも聞くぜ、あいつ」    おかしそうにニヤニヤしながら、凌馬さんが囁いた。  戻ってきた俊輔がオレにスプーンを渡してくれてから、怪訝そうに凌馬さんを見る。  凌馬さんは可笑しそうに笑ってから、ふ、と、俊輔を覗き込んだ。 「さっきから思ってたんだけど、お前ちょっと酔ってる?」 「……酔ってねえし」    一瞬答えるのが遅れた俊輔に、凌馬さんはクスクス笑った。

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