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36.「本当にいやなこと」*真奈

「――変な顔してるな?」  俊輔がオレを見て、少し考え風で、そんな風に言う。 「……変な顔って?」 「自分で分かってるんじゃねえの?」  俊輔は電気を消してオレに近づいてくると、ベッドの端に腰かけた。 「――――」  何も言わない俊輔に、オレも何も言えずにいると、「真奈」と呼ばれて、腕を取られた。そのまま、俊輔の腕の中に入って、ベッドに横になる。  しぱらく、黙ったまま。 「――――何考えてる?」  すぐ近くから、俊輔の静かな声がする。 「……なんか、よく分かんない」 「――――……」  しばらく、返事がないし。オレも言葉が出ないし。  ……なにか言った方がいいかな。  でも……オレ、いつまでここにいる? とか聞くのも、変だよね。きっと分かんないだろうし。ていうか、俊輔が、オレのこと、居なくていいと思った時が、オレがここを出る時、なんだろうし。  そんなのきっと、俊輔にも、分かんないだろうから、聞いても無駄なんだろうなって、思うし。  ――――なんかオレって、俊輔のところに来るまでは、思ってたこと、隠したり、言わなかったりすることは無かったような気がするんだけど。飲み込むことが増えて、それに慣れちゃってたなぁ。あんまよくない変化だと思うから……これは、直したいけど。  そう思いながらも黙っていたら、俊輔が、ふ、と笑ったような気がした。 「……?」  気のせい? 思わず顔を見上げると。  小さなルームランプの中で、俊輔がちょっと可笑しそうに笑ってる。 「同じだと思う」 「……え?」 「オレも色々よく分かんねぇから」 「――――……」  何が? と思ってると、動かされて、枕の上に仰向けにされたオレを、上から腕で囲った。  俊輔をただ、まっすぐ見上げる。  ――――ほんとに、顔。整ってるなあ。こんな綺麗な顔した人、いるかな、と思ってしまうくらい。  ……出会った当時は、整ってるからこそ余計に、死ぬほど怖かった。  なんかもう、この綺麗な冷めた瞳からは何も読み取れず、ほんとに何考えてるか全然分かんなかった。  ……今も、何考えてるかは、分からないんだけど。  まっすぐ、俊輔の瞳を見つめ返していると。  俊輔は、ニヤ、と笑った。 「真奈」 「……うん」 「――――オレは、お前を無理矢理ここに連れてきただろ」 「え。……あ、うん……」  なんだかものすごく答えにくいながらも、頷くと俊輔が続けた。 「それでお前は逃げただろ」 「……うん」 「――――凌馬が逃がすと言っても、それでも、ギリギリ、ここに戻ることを選んで、帰ってきてくれたから」  帰ってきてくれた、という言い方が何だか、嬉しくて。  ……ん、と頷くと。 「分かんねえこと、たくさんあるけど」 「……」 「……とりあえず少しずつ、クリアしてくつもりだから」 「……ん」 「何か嫌なことがあったら、言えよ」 「……うん」  嫌なこと。  多分俊輔が想定してる「オレが嫌がること」とは、かけ離れてるんだろうなと、なんとなく感じる。  今オレが考えてる、本当に嫌なことは、多分。  ここから追い出される日は、いつだろう、とか。  ――そういうのだって、言ったら、俊輔は、何ていうかな。  かなりドキドキ。言ってみようかなと、一度、きゅ、と唇を噛みしめたら。多分何か勘違いしたみたいで。俊輔は、オレの上からずれて、隣に寝転がると、オレを引き寄せた。軽く、肩に手を置いて、「とりあえず、明日も早いから。寝ようぜ」と呟いた。 「明日も図書館でやるか?」 「……ぁ、うん。パソコン、持っていって打ち込んで、終わるものから終わらせてくるね」 「じゃあまた迎えに行く」 「……ありがと」  頷いて、そのまま瞳を閉じていると。  ――――……ゆっくりと、眠気が襲ってくる。  ……こんな風に近くに抱き寄せられて、毎日眠れちゃうのは。  やっぱりオレは、俊輔のことが怖くはないし、むしろ、なんか、安心してるってことだと思うのだけれど……それは、俊輔には、伝わってないのだと思う。    ……言わないと。  そう思いながらも、思考がだんだん霞んでいって、何も、言えないまま、眠りに落ちていた。

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