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3.答えられなくて*真奈
部屋に俊輔が帰ってきて、ふ、とオレを見て少し視線を止めた。
頑張って、普通に、おかえりなさいと言ったはずだったのに、一目でバレた。
「どうかしたか?」
「――」
とっさに首を振る。どうもしてない――ってことにしたかった。
「瑛貴? 何か言った?」
俊輔が少し眉を寄せて、瑛貴さんを見つめる。後ろから入ってきた西条さんは足を止めて、俊輔の後ろからオレを見ると、すぐに「遅くなってすみません」と言った。
「お腹がすいたでしょう。すぐ、お昼にしますね」
辛うじて、頷く。なんだか今は――西条さんの存在が落ち着く。
「美味しいと評判のパン屋でいろいろ買ってきたので、コーヒーを淹れますね。サラダとスープを持ってきます――あ、真奈さん、コーヒーメーカーを買ってきたので、一緒にお部屋で説明してもいいですか?」
西条さんはそう言って、オレを見つめた。
――コーヒーメーカー。確かに昨日、言ってたけど……あ、はい、と頷いて、部屋を出て行こうとしている西条さんの後をついて、歩き出した。
「すぐ戻りますので、お待ちください」
俊輔に言うと、西条さんは、オレの前を歩き出した。
「ミルがついているので、豆を挽いて飲めますよ」
「……ありがとうございます」
コーヒーメーカーの説明をされながら、階段を上って、今の部屋に移動する。中に入って、ドアを閉めて、カウンターの上でコーヒーメーカーの箱を開けながら、西条さんがふとオレを見た。
「――……大丈夫ですか?」
心配気な声に、オレをここに連れてきてくれた意図を改めて感じて、俯いた。……帰ってきた俊輔と西条さんが、一目で分かるくらい、オレは、変な顔をしてたんだ。
――瑛貴さんも、分かったよね。
細かいことなんか分かるはずはないけど……俊輔とオレが、あんまり普通に出会った仲じゃないって――――バレたのかな。
どこまでバレるのかはもう、分かんないけど。鋭くて、怖い。
「何か、聞かれましたか?」
「――俊輔にここに無理矢理つれてこられたのか、みたいなこと、聞かれました。なんか……たくさん課題をしてるのも、大学を休んでたからなんじゃないか、とか……もしそうなら、オレを解放しないと、って……」
そうですか、と西条さんは言い、オレを見つめた。
「真奈さんは、なんと答えられたんですか?」
「……今ここに居るのは自分で決めたって、言いました」
「そうしたら?」
「違うならいいんだけどって……そういう話をしてた時に、二人が帰ってきたので、途中でした」
箱から中身を取り出して並べながら、そうですか、と西条さんが呟く。
「違うかもしれませんが、私には――真奈さんが、泣き出しそうに見えたので……」
「――――……」
確かにオレ。涙が滲みそうな気持ちではあった。
でも、どうして泣きたいのかが分からなくて困ってたところだった。
「真奈さんは……この間、ここに戻ってくると言って下さいましたよね」
「……はい」
「私は、あのままお別れするのは、正直、申し訳なさすぎて、未来にずっと心残りになりそうでしたので――」
初めて聞いたそんな言葉に、西条さんを見つめてしまうと。
「私は、嬉しかったですし――若も、嬉しかったと思います」
「――――」
「ただ、真奈さんにとって……ここが、本来の家、のように居られるのかは、私もずっと気になっていました」
「――――」
何と答えていいかわからないオレに、西条さんは苦笑した。
「瑛貴さんの指摘はとりあえず、受け止めておいて……ただ、それは関係なく、なんですが――――……少し時間をかけてもいいので、真奈さんがどうしたいか……若とも、話された方が良いかもしれません」
「……はい」
そう言われて、少し落ち着く。
――――そか。もともと、関係が良く分からなくて……。
ここにいつまでいるんだろうとか。
……戻るって決めたのはオレだけど――オレは一体、俊輔の何として、ここに戻ったのか、とか……。
どんな関係なんだ、とか。
ていうかそもそも――――オレは、ベータだから。
アルファの俊輔の元に、ずっといるような存在ではないし。
――――瑛貴さんに、何も答えられなかった。
自分で戻ると決めたとはいえ……はっきりしたものは、何もなくて。
だから、ものすごく不安になったのかも、しれない。
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