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4.出会った時の*俊輔

 帰った時の、真奈の不安そうな顔。  和義も何かを感じ取ったんだろう、真奈を連れて出て行った。  瑛貴と二人で部屋に残されて、オレはその顔を見つめた。 「――真奈に、何言った?」  自然と低い声になるのは、どうしようもない。 「ちょっと聞いただけだけどな」  飄々とした感じで答えて、瑛貴は頭を掻いた。 「――無理矢理ここに居させられてるのか聞いた。そしたら、自分の意志でここに居るって、真奈くんは言ってた」 「――――」  ……確かに、凌馬のところからここに戻ってきたのは、真奈の意志かもしれない。でも、それ以前は無理やりだったと思うので、なんとも言えずに黙っていると。 「恋人ってわけでもないだろ? ふたりとも、微妙な反応だよな」 「――――……」  瑛貴のセリフに、ため息が漏れる。 「瑛貴は、どう見てるわけ?」 「――はっきり言っていいか?」 「……今更じゃねえの」  そう言うと、瑛貴は「確かに」と苦笑して、オレを見つめる。 「最初は無理矢理だった、とか?」  少し黙った後、瑛貴が前髪を掻き上げながら、オレを見つめる。 「なんというかさ――あんなまっすぐな感じの純そうな子さ」 「――――」  絶対嫌なとこついてくるだろうなと思いながら覚悟を決めて聞いていると。次の瑛貴の言葉。 「俊輔しかいないような状況に居させて、学校も行かせないで、刷り込みみたいに、俊輔のことしか見れなくさせた、とかじゃないといいなと思ってる」 「――――……」  とっさに、返事が浮かばなかった。  ――――……ああ、こいつ、ほんとに嫌だな。そう思った。 「和義さんが居るから、犯罪とかまでは行かないだろうとは思ってるよ。それは許さないだろうから。でも、もしも、何らかの理由で閉じ込めたりしてたなら、真奈くんが言ってた、自分の意志で居るっていうのも……そう思ってしまってるだけかも――――……って、考えすぎならいいけど」  真奈が、凌馬のところから、オレの所に帰りたいって言ったと聞いて、嬉しい気がしたけど。  なんで、帰りたいなんて、言うんだろうと、思った。  ひどいことしか、してなかったのに。  オレが謝る前に、真奈はそう結論づけたから、凌馬はオレに連絡をした。  ――その時に、思った。  閉じ込めて、オレ以外接触させずに、あんな風に、毎日のように抱いた。真奈が知らなかった快感を押し付けて。  ――――本当は嫌なのに、離れられなくなってしまったんだろうかと、頭の片隅にあった。真奈の意志とは言えないのかもしれないと。  だから余計に、優しくしようと思った。  真奈が、本当の意味で、ここに居たいと思ってくれたらいいと思って。  抱くのはやめようと思ったのは、嫌がることはしたくはなかったのもあるが、それ以上に、真奈の気持ちを、快感で縛るのは良くないと思ったから。  それでも――――触れられずにいられない。受け入れてくれるように見える真奈に、甘えてる気すらする。  真奈と、もっといろいろ話さないといけないのは、分かっていた。  瑛貴に不意に、全部を言葉にされて、咄嗟に反論できない。  何て返すべきか。そう思った時、ドアが開いた。 「あの」  真奈が部屋に入ってきた。後ろには、無表情の和義。こういう時、完全に無になる気がする。対して、真奈は、なんだか一生懸命な顔をして、瑛貴を見つめている。 「真奈くん?」 「……あの、オレ……すみません、聞こえちゃって……」  そこまで言って、言葉を切って。 「瑛貴さん。さっき、はっきり答えられなくてごめんなさい……あの、オレ」 「ん?」 「……ちゃんと、考えて、ここに居ます」 「――――」 「来てからも、ずっと考えてたし。こないだ、自分の家に帰るかここに来るか、考えた時があって……その時、ほんとに、死ぬほど考えて、ここに戻るって決めたので」  さっきオレが帰ってきた時、不安そうに見えた真奈。  今は、まっすぐ、瑛貴を見て、そう言った。 「だから、オレ、大丈夫なので」  そう言った真奈。  ――――なんだか。  出会った時の、まっすぐな瞳を、不意に思い出した。自然と、ぐっと手を握り締めてしまう。  真奈をじっと見つめていた瑛貴は、オレにちらっと視線を走らせて、ふうん、とちょっと面白そうに笑った。すぐに真奈を見つめ直して、微笑む。 「ん。ならいいよ。ごめんね、余計なこと言ったかな、オレ」 「いえ。心配、してくれてありがとうございます」  小さく首を横に振って、少し笑顔でそう言った真奈。  微笑み返した瑛貴は、そのまま真奈とすれ違ってドアのところまで歩くと、オレを振り返った。 「オレ、外で昼食べてくる。夜は帰ってくるからよろしく」 「……ああ」 「じゃね、真奈くん」 「あ、はい……」  急に居なくなろうとしてる瑛貴に戸惑ったような声で頷いて、真奈はその姿を見送ってる。        (2025/1/25)

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