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8.瑛貴と*俊輔
静かな夜。
真奈が寝室に入っていってから、オレは一人、窓から空を見上げた。
昼に真奈と話した後、和義を呼んで昼食を取った。その後、午後はずっと真奈は課題をやっていて、「大分進んで終わりが見えてきた」と夕食の時に嬉しそうに話していた。瑛貴も一緒だったが、昼の話なんて無かったかのように、普通の会話だけだった。
「もうバレてるんだから、わざわざ別の部屋で寝なくてもいいよ」なんてふざけたことを言ってる瑛貴に、和義も悪乗りして、結局今夜から真奈はオレの部屋で寝ることになった。
少しため息をついた時、ドアが静かにノックされて、そっと開かれた。顔をのぞかせた瑛貴と、目が合う。
「――もう寝た?」
「ああ」
頷くと、瑛貴が入ってきて、ソファに腰かけた。オレもその前のソファに腰かけたタイミングでまたドアが開き、和義が酒やつまみを持って入ってきた。ある程度並べ終えると、和義は出て行った。
しばらく、酒やつまみの話をしていたけれど、ふ、と瑛貴が笑う。
「――俊輔の好みがあんな感じとはね」
「……別に好み、とは言ってねえだろ」
素直に認めるのもムカついてそう言うと、瑛貴は、ちらっとオレを見て、ははっと笑った。
「面白いな……?」
「面白くはない」
「……面白いよ。俊輔が、そんな必死な感じになるとかさ」
「――オレ、必死?」
「必死だろ」
クスクス笑う瑛貴に答えず、酒を喉に、流し込む。
「つか、俊輔、男ありだった?」
「――いや。無しだった」
「だよな? Ωでも、男は無しだったよな?」
「……ああ」
頷くと、ますます面白そうな顔で瑛貴がオレを見つめてくる。
「しかも、βの男とか――最初から、ん? とは思ってたんだけど、無いよなっても思ったから、なかなか事情が飲み込めなかった」
「――――」
ため息しか出てこない。
絶対面白がってめんどくせーから隠したかったんだよな……。
そんな風に思っているオレに、瑛貴は、意味ありげな視線を向けてくる。
「それで――何が、よかったんだ?」
「何がって?」
「体――とかじゃないよな、真奈くんは男なんだしさ」
ため息をつきつつグラスをテーブルに置いて、オレはソファの背もたれに寄りかかった。
「体も良かったよ――体っつーか……反応とか」
「へえ。可愛いんだ、反応」
「……まあ最初は、無理やりだったから、可愛いも何も無かったけど」
「――お前、マジでやめろよな、それ。犯罪だからな」
きつくなった視線に、オレはため息をついた。
「一応、会った時……全部捨てて、オレのものになれ、とは言った」
「……は?」
「で、真奈は一応、頷きはした――まあ、βだし、抱かれるとかは、絶対思ってなかったと思う……」
「……なんな訳、それ」
瑛貴が眉を思い切り寄せて、低い声を出しているので、仕方なく、会った時の経緯から、凌馬のところから連れ帰ってくるまでのことを話すと、瑛貴は、大きなため息をわざとらしくついて、前髪をかき上げた。
「ギリギリ犯罪なんじゃねえの?」
「……まあ。そうかもな」
「あー最悪。αの権力持ちとか、ほんと迷惑」
「……似たようなもんじゃんか」
「オレはそういう力の使い方はしてないし」
またため息。
「……よくそれで、戻ってきたよな、真奈くん」
「まあ……確かに……」
「……それで俊輔と真奈くんの空気は、微妙な訳ね。まだ手探りか」
ふ、と苦笑して、瑛貴はオレを見つめた。
「それにしても、梨花、な――あいつの俊輔狙いは、前からだからな……とんだ災難だなぁ、真奈くん……」
「……まあ。そう、だな」
「かわいそ。オレは、優しくしてあげよう」
「……触んなよ」
瑛貴のふざけた感じのセリフに、咄嗟にそう答えた瞬間。
目の前で瑛貴が、ぴしっと、音を立てるかのように固まった。
「――――……は?」
数秒後、漏れてきたのは一言だけ。
……あー、まじで、めんどくせえ。思った瞬間。
「なになに、俊輔。なに、妬くの? 俊輔に、ヤキモチとかいう感情、あったの? うわ、ほんとに驚いたな……」
いつもおそらく、冷静沈着に授業こなしてるんだろう、この従兄弟は。
たまにハマると、こんな風になって、うざく絡んでくる。
マジで余計なこと、言った……。
楽しそうな顔から、視線を逸らして、背もたれに更に埋まった。
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