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12.穏やかすぎる*真奈

「はい、確かに。お疲れ様。体はもう大丈夫なんですか? 大事にしてね」 「はい、大丈夫です。ありがとうございました」  教授にレポートを渡して部屋を出て、ふう、と息をついた。  これで、提出、ぜんぶ終わった。  やっと解放されたのが嬉しくて、歩きだす足も、軽やかだ。  課題をずっとしてる間は、図書館に迎えにきてくれたり、家でもずっと静かに取り組ませてもらって――俊輔には感謝してる。……って、俊輔のせいだといったらそれまでなのだけど。  そんな風に思って、苦笑が浮かんだ。  瑛貴さんは帰る前の日、オレと二人でいる時に「あんまり俊輔を甘やかしちゃだめだよ?」なんて言い出した。  意味が分からなくて、甘やかしてるつもりなんて全然ないです、って言ったら、瑛貴さんはくすくす笑って。 「俊輔のことを愛してるっていうなら、甘やかしてあげてほしいけど」  ……そんな、謎の言葉を残していった。  なんて答えたか覚えてない。ただひたすら困って、答えられなかったような気がする。  俊輔を愛してる……?  ……そりゃ。嫌いじゃないけど。でも。  ……そんなことあるかな?  変なことを言われて、なんだかちょっと俊輔と居るのが、気まずい。  しかも、こないだの夜――俊輔がオレに触れてこないことに、なんか拍子抜けしたりして。  結局あれからも、全然、だし。  そこまで考えたところで、友達と約束してた学食にたどりついた。  |想《そう》たち、どこかなあ、と見回すと、奥のほうで手を振られて気づいた。頷いてから、ご飯を買ってトレイを持って皆の所へ向かう。 そういえば……俊輔もこんな風に、大学の友達とお昼食べたりしてるんだろうなぁ。少し前までは大学生だってことすら、全く信じられなかったけど。  でも、凌馬さんとかとのやりとりとか聞いてると、楽しそうに話してる感じするし、きっとごくごく普通の、大学生をしてるんだろうなあ。  ――ていうか。……俊輔、絶対モテるだろうな。  普通に見てたら、めちゃくちゃカッコいいもんね。 「課題、出せた?」 「うん、出せた! これで全部、課題終わった~」  口に出したら余計ホッとして、想の目の前に座る。 「まあ良かったな、退学にならなかくてさ。留年とかも大変じゃん」 「うん。ギリギリだったと思うけど」 「そうだよな、随分休んでたもんな」 「うん……」 「大学やめたのかと思った」  ほんとに。随分休んで、その間ずーっと、オレは俊輔とだけ、過ごしてた。西条さんとも話してはいたけど、最初の頃はもっと事務的な感じだったし。こうして大学に居られることが、何だか不思議。   「もう元気なんだよな?」 「うん。ありがと」 「ならいいけどさ」  そんな話をしているオレ達の周りに、仲のいい友達らが次々現れて、皆腰かけていく。好きに皆で話しながら食べ終わって、「ごちそうさま」と言ったとき、想がふと、オレを見た。 「なあ今日さ、空いてる奴にで、夕飯食べない? 真奈の課題も終わったならさ、久しぶりに皆でさ」 「お、いいね。行くか~?」 「真奈の好きなものでいーよ」  皆が話を進めていく中。  オレは、いいとも悪いとも、言えない。  ……誰かと、出かけていいとは、言われてない。  でも、誰かと連絡を取るなとも、特に言わない。  ――聞いてみる……? 「どう? 真奈」 「あ。うん。――ちょっと、聞いてきてもいい?」  皆が頷くのを見て、オレは立ち上がった。  中庭に出る扉を開けて、外に出ると、俊輔に電話をしてみる。  ――どこまで許されるのか。  どんな反応、するのか。それが聞きたかった。  試したいわけじゃないけど……いいか悪いか、全然分かんないから。 『真奈?』  程なく俊輔の声が聞こえた。 「あ、うん。お昼に、突然ごめんね」 『どうした? 具合でも――』 「違う。あの……今日、課題全部出し終わったのね」 『ああ。それは良かったな』 「うん。あの、それでね、友達が、課題も終わったし、ご飯行けるかって……」  そう言うと、すこしの間、沈黙。 『――何人で?』 「行ける人たちで……四人はいそうだったけど。増えるかも」 『どこで』 「まだ、決まってない……まだ行くって、言ってないし。俊輔に聞いてからって……」  そう言って、その返事を待っていると、俊輔はすぐに言った。 『行ってこいよ。連絡は必ず入れろ』 「……あ、うん。あの……いい、の? ほんとに」 「ああ。場所が決まったら連絡しろよ――和義に迎えに行かせるから』  何だか呆れたように、そう笑われた。 「分かった。……ありがと」  そう言うと、短い返事とともに、通話が終わった。  ――びっくりするくらい、穏やかな声のまま、終わってしまった。  穏やかだった。  ていうか。……穏やかすぎた。  スマホを握ったまま、しばらく動けなかった。    ……えと。  良いんだよね、これ。  なんだか急に自由度が高くて、ちょっとついていけていない。  胸が軽いのか重いのか、自分でも分からない。 (2026/2/20)

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