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狼は死にたがる
うるさい。
これでもう三日目だ。
うんざりする。
「君はとても才能がある。このままここで学べば、歴史に残る体術家にだってなれる。このまま辞めてしまうのはもったいないよ」
そう言ったのは、長い真っ直ぐな銀髪に緑だか水色だかわからない薄い色の目のエルフのメリドウェン先輩。魔法使いで背が高くてひょろひょろした男だ。いや、本当に男なのか?やたらと綺麗な顔をしている。風紀委員の副長だ。
「お前は戦闘系の2年の主席として、この家を貸与されている。義務を果たすことが出来なければ、この家を返納することを要求され、放校されてしまうぞ」
剣士のパトリック先輩。前は仲良く一緒に稽古していたんだけど、アーシュはお前の邪魔になるから別れろって言われてからは避けていた。騎士らしい立派な身体に、短い金髪で鋭い青い目をしている。人間で、風紀委員の団長だ。
「出て行きます。学校は辞めます」
俺はぼそっと言った。
二人が固まった。
俺はこの三日間、何を言われてもしゃべらなかったから、びっくりしたんだろう。
「辞めてどこいくんだ?」
「こいつはもうダメだ」
二人が同時に言う。
こいつはもうダメだっていう方に一票だな。
俺はアーシュのベッドから立ち上がった。アーシュの匂いと離れるのは辛いが、もう、何もかもが辛いんだから、一つや二つ辛いことが増えてもどうということはないだろう。
寝室を出て、台所に向かう。
「ここを出たって行くところなんかないだろう」
ひょろひょろエルフが言う。
あるさ。バカにするな。
怒りに指先が震えた。
オレは台所の流しに向かうとそこに立ててあった包丁を取り上げた。その刃先をじっと見つめる。
アーシュの為にこれで何度料理を作ったろう。
じんわりと涙が浮かぶ。アーシュはグルメだった。
腕をまな板に置くと、ザックリザックリと包丁を突き立てる。
天国か地獄かわからないけど、行くところはあるさ。
笑い声を立てながら流れ出す血を眺めた。
エルフが悲鳴をあげたが気にするものか。
リストカットは死ねないんだっけ?
包丁が腕を貫通してまな板に刺さった感触はあったが、それだけで死なないと困るから、包丁を首に当てて一気に引こうとしたら、悲鳴を聞いて飛んできたパトリック先輩に取り押さえられた。
エルフが近づいてきて、回復魔法の詠唱を始める。
「やめろ。ほっとけ」
いつもの体調だったら人間なんか跳ね飛ばせるのに、アーシュが出て行ってからメシを食ってないから力が出ない。
手首切る前に適度にメシってのは正しいのか。メシは眠り薬だったか?
オレは包丁を捨てると、パトリック先輩の腕の下に手を入れると手首をひねった。くるりと身体を回し、身体を先輩の下にいれるとそのまま背負って投げ飛ばす。一応角度をつけて、何もない方向に飛ばしたがぶつかった身体が派手な音を立てる。
振り向き様に詠唱を続けるひょろひょろエルフを軽く蹴飛ばすと、壁にぶつかって詠唱が止まる。
これはいい感じだ。
腕から血がどんどん出てくる。
床にたまった血の輪がじわじわと大きくなる。
これで首を切れたら大勝利じゃないか?
包丁を拾おうとするとめまいがした。
がくりと膝をついて、包丁に手を伸ばす。
ひょろひょろエルフがなんか叫んでいる。
うるさいな。
包丁を取り上げて喉に突き刺す寸前、誰かに包丁を奪われた。その後、首の後ろに何かが叩きつけられて、意識が無くなった。
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