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白薔薇は悲嘆にくれる

「真実の愛?王子様のキスだと?」  パトリックが青筋を立てて怒鳴っている。  ちょっと動かしただけで激痛の走るこの手じゃ耳を塞ぐことも出来ない。 「お前はどこまでアホなんだ?メリドウェン?」  パトリックがアホって言った。相当キレている証拠だ。 「いや〜父上が隠居してなくてよかったよ。兄上が王様継いでたら、わたし、王子じゃなくなってるしね。  兄上ももう四十越えてるし、父上もいい年だし、いい頃合だって言えば頃合だよね。ラッキーだったなあ。」 「そういう問題じゃないだろう!」 「まあまあ、結果オーライでいいだろう?他に手立てがあったら、わたしだってこんなにリスキーなことやらなかったさ」  ローをちらりと見ると、丸いすの上で所在なさげに座っている。 「結果オーライだと?お前は自分の立場が分かっているのか? お忍びで身分を隠していたのであっても、エルフの王子なんだぞ!そこいらの留学生とは立場が違う!」 「ここに来る時に、死んでも気にしないでね。って言ってあるから大丈夫だよ。自由に生きるって、飛び出して来たんだしさ」 「メリドウェン!」 「なにかあっても、なんとか誤魔化してくれるだろ?」  わたしは微笑んだ。パトリックは苦虫を噛み潰したような顔で見ている。 「しかし、参ったよねえ。」  わたしは両手をあげて苦笑いした。 「医療師殿の話、聞いた?あれ、相当痛いよね。もうこのままくっつけようかなあってレベルなんだけど、どう思う??」 「ダメだ」 「ダメです」 「やっぱり?わたし、痛み止め効きにくいんだけど」 「ダメだ」 「ダメです」 「痛いのわたしじゃない?わたしがいいって言って……」 「ダメだ」 「ダメです」 「そういうとこでシンクロとか嫌な感じなんだけど。ところで、ローは考えてくれた?」 「何でしょう」 「わたしを恋人にって話」 パトリックが呻き声をあげて、頭を抱える。 「パトリック、黙れ」 「色ボケアホエルフが何を言っている!」 「あのね?これからさ、死ぬ程痛い治療受けるんだから、テンション上げたいんだよ。わかる?」  銀色の視線が戸惑うように宙を彷徨う。ローの耳がぴくぴく動いて後ろ向きに伏せられた。 「ごめんなさい」  しゅんとして囁く声に、ズキンと心が痛む。  諦め切れずについ聞いてしまう。 「わたし、真実の愛とか発動させたりして、愛を証明したんだけど。 まだ、ローの気持ちがこっちを見ていなくても構わないし。」 「先輩は命の恩人です。俺の命はあなたのものだ。あなたの盾であり剣であると約束します。  でも……」 「愛することは出来ない?」  わたしは優しく聞いた。  ローはこくりと頷く。  ……世界が終わるって、こんな感じかなあ。  まあ、アーシュ殺したかもしれないし。オオカミ族でもないし。  本当に本当に好きなんだけどなあ。  盾であり剣って、パトリックが陛下に対して言うセリフだし。  そういうのキモいよ。  うわ、わたし泣きそう。  カッコ悪い。  ばちーん!  両手で自分の頬を叩く。 「った……」  頬より手に激痛が走る。  パトリックとローが寄って来るけど、手を振って押しとどめた。 「パトリック」  無言で見下ろすパトリックの顔は硬い岩のようだ。一応、同情してくれてるのかな? 「アーシュの捜索に、人は割いてる?」 「お前が医療師殿と話している間に手配した」 「もし見つからない時は、ローは真の名を知られている可能性があるから、呪いよけの方法を導師様と相談して。 あと、休んでいたのは呪いのせいだから、復学の手配も」 「わかった」 「あと、呪いの精度を上げる為に、断食させてたと思うんだ。体力を奪って絶望感が増せば支配力が増すからね。 差し入れは食べなかったんじゃなく、吐いて食べられなかったんじゃないかな」  ローの方を見ると、驚いたように顔をあげて、微かに頷いた。  当たりか。下衆め。 「呪いはとけたから、食べられると思うから、軽いものから食べさせてあげて」 「わかった」  わたしは溜息をつくと、背中の枕に身体を沈めた。 「じゃあ────一人にして貰っていいかな?」  パトリックを見る。やはり同情しているようだ。  険しい瞳が一瞬揺らいで、それから理解を示す。 「行くぞ、ロー」  パトリックが声をかける。  ローは戸惑ったように、パトリックとわたしを見た。  溶けた銀のような瞳を見ると、涙が出そうだ。 「俺はここにいます」  小さく呟く声に、泣かないように慎重に息をする。  前と同じになるだけだ。叶わぬ恋をして、遠くから眺める。  それでも幸せだった。もう叶わなくても、きっと気持ちは変わらない。  近くにいるのは辛すぎるけど。 「察してやれ」  パトリックが言う。  ローが殴られたような顔をした。 「ごめんね。ロー。君の差し出してくれるものは、わたしには価値がないんだ」  強がりの微笑みを貼り付けて、ローと視線を合わせる。  ロー表情が凍って、それからくしゃっと歪む。 「行こう」  ローの肩にパトリックが手を置く。  ふらりと立ち上がったローの身体が廊下に消える。  足音のしない後ろ姿。  均整の取れた見事な身体。  愛してるよ。  二人の姿が見えなくなると、ベッドに横になり、思うままに嗚咽した。  包帯でぐるぐる巻の手はハンカチに丁度いい。痛む手は流れる涙の言い訳になるだろう。

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