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白薔薇は狼を茨で繋ぐ(1)
はらはらしながら試合を見ていた。やはりルーカス王は強い。押されていくローに手足が震える。
やはりローはローだ。
実力を完全に出しきっていない。明らかに王の方が強い上に命を狙うような攻撃をされているのに、ローの攻撃はクリーンで試合の域を出ていない。手加減して勝てる相手じゃないんだけど、自分の命を軽く見るような所もあるし、自分の力に対する劣等感は半端じゃないから、どうしても手を抜いてしまうんだろう。
それがローなんだけど。心配で仕方がない。
それから王が気になっていた。
音の高低二音で魔法を発動出来る特殊能力。圧倒的な剣技。
王が手を振って周りに立った火柱を消し去った。毛先一つ焦げていない。
──炎に対する絶対防御。気まで弾けるとか。どこまで化け物仕様なんだ。
そしてあの剣はなんだろう。あの鎧も。
まさかとは思うけど、魔剣じゃないよね。救国の勇者が魔剣を携えているなんてそんなことあるわけないよね。
でも、ものすごく嫌な気配を感じる。
「パトリック、あの剣だけど」
「言うな」
ぱっとパトリックを見ると、パトリックが険しい顔をしている。
「俺のせいだ」
「どういうこと」
「俺は聖騎士になってしまった。避けてはいたが、どうしようもなかった」
聖騎士は神から与えられる資格だ。与えられた者は聖なる力を使うことを許される。誰でもが得られるわけじゃない。
「避けるって。聖騎士になるのは大きな恩寵じゃないか。なりたくてなれるものじゃないだろう」
「逆になりたくなくてもなってしまう。俺はなりたくなかった」
「何故」
「目の前に答えがあるだろう」
赤い髪を振り乱しながら、王がローに打ちかかる。あの剣がどうしても気になる。父上を見上げると、父上も眉を顰めている。隣にいる兄様達も。やはりあの剣には闇の気配がある。
「あれは魔剣なのか? 持ち主を呪う類の」
「そうだ。使うほどに体が魔に侵食される」
こわばった顔でパトリックが言い放つ。
「何故だ? いつから使っている?」
「教会だ。勝利をわが国にもたらす為に膨大な魔力を生まれながらに持つ陛下に秘蔵していた剣を与えた。
いつからか?…………幼少の頃と聞いている」
子供の頃だって?では陛下は相当な侵食を受けているのではないか。
「俺は、多分……子供の頃から聖の属性を持っていたんだと思う。陛下は俺を手元に置きたがった。お守りだと言われたよ。パトリックがいると気分が良くなるのだと。
だが……魔の侵食が進むにつれて、俺の存在は陛下の毒になるようになっていった」
パトリックが震える手を握り締める。
「触れるだけでも悲鳴をあげるほどに痛むのに、ルル……いや陛下は……俺が側にいることを望んで……そんな痛みはなんでもないのだと。だが……日に日に痛みは強くなって……耐えられなくなった俺はここに逃げて来た」
「夏休み、陛下の呼び出しを無視したのは……」
「聖なる気が自分に満ちていくのを感じていた。聖騎士になるのは避けられないと悟って……そんな俺を見て、陛下が絶望するのではないかと危惧したんだ。いや……違う。俺が恐れていた。陛下の側に在ることの出来ない俺に何の意味があるのかと……」
荒い息をついてパトリックがわたしを見る。
「おまえにはわかるだろう? メリドウェン」
恋に狂う鮮やかな青い目。それは多分わたしの目とよく似ているのだろう。
際どい攻撃をかわして飛ぶローを見る。
「どうにもならないのか」
「ならないからこそ苦しんでいる。
剣と陛下は分かちがたく結ばれ、剣が壊れると陛下も死ぬだろう。
あの鎧が闇の侵食を抑えてはいるが、消すだけの力はない」
「昨日は」
「焼かれてもいいから触れてくれと頼まれた。どんなに痛んでも声をあげたりしないから、聖騎士になってしまった俺に最後に触れたいと。今生の別れになるのだからと泣いてせがまれた。
だが、痛みを与えると知っていて、触れることなど出来るものか!
今生の別れだと言われて、そうかと納得など出来るはずもない」
この厳格な男の拒否は堪えるだろう。
傲慢で気まぐれで残酷なあの王が、この男の前にひれふして、そして拒まれたのだとしたら。
剣がきらめいて軽い身体がローの間合いにためらいもなく滑りこむ。ローの突きを寸前でかわして剣を突き出した。
陛下には同情する。
パトリックにも。
だがしかし、結局はこの戦いはうっぷん晴らしなわけだ。
その為にローの命が危険にさらされていると思うと、どうしようもなく腹が立って来る。とんだとばっちりじゃないか。もう、父上の許しとかどうでもいい。こんな茶番でローの命を危険に晒して溜まるか。
父上に直談判しに行こう。
立ち上がった所を興奮した観客に押されてよろける。よろけた拍子にパトリックの腕の中に飛び込んでしまった。パトリックが反射的にわたしの身体を支える。
「いった」
慌てて身体を起こした。
「何をしている」
パトリックが険しい顔をしている。
「押されたんだ」
ローが見ていたかと視線を下げると、憎悪に歪んだ陛下と目が合う。
あ、ちょっと、いや、違います。
すぐ身体は離したけど、しなだれかかったように見えたよね。
まずい、まずいよ。
激しくローにうちかかる姿に恐怖を感じる。
「陛下、怒ってるよね」
「刺激してどうする。アホが!」
ああ。どうしよう。
「押されているのでないか?」
なじるような王の声が響く。ローは頭を勢いよく振ると陛下に拳を入れに行った。
「つまらん」
軽くいなされて、剣の柄で背中を打ちすえられる。かろうじてローは踏みとどまった。息を呑むわたしを残酷な王の目が舐める。
うかつな行動が王を煽ってしまったらしい。ぎりぎりと奥歯を噛みしめた。
剣を手で挟む王にパトリックが悲痛な声をあげる。
「闇の魔法を使うつもりだ」
ゆっくりと剣を引く腕、その手から鮮血がしたたり落ちる。
剣が血を吸うと、刀身から闇の気が噴出す。
ひゅんと剣を振る音が響いた。
紫色の鋭い矢がローに向かって這って行く。
「こっちか!逃げろメリー!」
自分の周りに魔方陣が展開していると気がついた。矢はローの脇を抜けてこっちに向かって来た。逃げる暇はない。あれはわたしをターゲットにしているから、下手に避けると被害が大きくなる。
不慮の事態を想定して一応かけておいた防御魔法が凌いでくれるのを信じるしかない。立ち上がって詠唱を始める。王の闇の矢が触れて、防御の壁が立ち上がった。その内側にもう一枚防御の壁を作る。
間に合え!
破れる寸前にもう1枚の防御魔法が立ち上がる。
間に合った。
ほっとしたのもつかの間、もう1枚の防御もぎりぎりで破られた。闇の威力は殺したけど、衝撃は殺しきることが出来なくて、爆風に後ろに跳ね飛ばされた。後ろの観客何人かを弾き飛ばしてやっとで身体がとまる。
黒煙が派手に舞い上がっていた。煙が薄れるとわたしの居た場所はぶすぶすと焦げついている。危なかった。
「大丈夫か」
パトリックが駆け寄ってくる。いや、こっち来なくていいから。
「てかパトリック大丈夫だったのか?」
さっきの戦いのせいで、一撃でも喰らったら死ぬんじゃないっけ?
「体力が回復し始めるまでの間、絶対防御がかかってる」
パトリックが被害受けないのは計算済みなんだ。そうですか。
後ろの観客が押してくれて立ち上がる。
会場の黒煙もおさまっていって、ローの様子が見えてくる。
見えてきた光景に血の気が引いていく。
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