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狼は白薔薇を愛でる(5)

「ろー。ろー……」  潤んだ水色の瞳。薄い桃色の唇が震えている。  暖炉の火に照らされた身体はどこまでも白く美しかった。  なんとか避けねばならない。メリーを遠ざけないと。  肌が熱を取り戻し始めていた。  メリーを引き離さなければならないのに、目を離すことすら出来ない。  暖炉の光で、メリーの瞳は輝いていた。  その下の曇りは輝きに消されている。  メリーの口がゆっくりと開いて、言葉を放つ。 「ロー」  びくんと身体が震えた。  驚くほどはっきりとしたその声。  メリー……俺の白い薔薇。  こすりつけられる身体の熱。むせ返るような薔薇の香りが漂う。  誘っているのだ。  俺を欲している。  メリーが。俺のメリーが。  いや、違う。これは幼いメリーだ。  必死に自分に言い聞かせた。  子供をたぶらかすことは罪ではないか。  例え体が大人でも、メリーの精神は幼児なのだ。  引き離そうと肩に手をかけた。例え泣かれても、俺は……  その瞬間、すりっとメリーが鼻と鼻をこすり合わせた。  それはオオカミ族の恋人同士の親愛の仕草だ。  俺はそれを幼くなってしまったメリーにしたことがなかった。するのは許されないことだと思っていた。  柔らかい唇が俺の唇と重なる。驚き、固まっている俺の唇をメリーの舌が割る。当然のことのようにメリーの舌が俺の口の中に滑り込んだ。  俺の口の中をメリーの舌が、好物の蜂蜜を舐め取るように探っていく。  舌が俺の舌に触れると、メリーが求めるように鼻声を出す。  思わず動いた舌にメリーが舌を絡めて満足気な吐息をついた。  激しくなっていくキスと濃くなっていく薔薇の香りが俺の頭をぐるぐるとかき回す。  震える指でメリーの肩を撫でていた。  腕を伝わって裸の背中に指を這わせる。  快楽にメリーが仰け反って喘いだ。  ゆらりと戻ってきた顔の中に幼さはない。 『愛している……私の狼』  頭の中ではっきりと声が聞こえた。俺の賢いメリーの声が。 「メリー……メリー……そこにいるのですか?」  頬を熱いものが濡らした。  このメリーは何者だ?  幼いメリーなのか、賢いメリーなのか。  幼いメリーを愛している。このメリーの為にでも俺は命を捨てるだろう。  だが、俺は賢いメリーに溺れていた。  俺が愛したメリドウェンは…………  頭の中を賢いメリーの姿が埋めていく。  あのメリーと一緒にいたのは実はほんの数日だった。  だが、魂が焦げ付くほどに愛した人はあのメリーだった。美しく、賢く、誇り高かった。愛嬌があって、傲慢で、ほんの少し悪賢かったかもしれない。良いところも、悪いところも、思い出すそれはすべて俺を惹きつける。そして……何より……俺を心から愛していた。  そして、それを壊してしまったのは他ならぬ俺なのだ。俺の愚かしさがメリーの器を壊してしまった。 「メリー……」  涙が頬を伝わって行く。メリーがその涙を舐めて、また鼻をこすりつけて来た。 「ごめんなさい……許してください……許して」  その懺悔の言葉を幼いメリーは理解しないだろう。  だが、重なって来た唇は許しに思えた。  甘い誘う匂いが頭を溶かしていく。  目の前のメリーは賢いメリーなのか幼いメリーなのか。  どちらでも構わなかった。  どちらも俺のものだった。  その二つが分かれているのだと、誰が言えるのだろう。  この幼いメリーはかつて賢いメリーだった。  そして二人だけが知る方法で愛を伝えてきた。  どこかにあの賢いメリーがいるのだと……何故思ってはいけないのか。  目の前の美しい身体が俺を求め花開くのを見たい。  快楽に打ち震えどこまでも開き、すべてを俺に許すのを感じたかった。  そっとメリーをベッドに横たえると、自分の持つすべての手管でその身体を愛撫した。一切の抑制のない幼いメリーはまるで楽器のようで、どこに触れても素直に声をあげる。 「はあっ……あっ……あっ……あ……」  決して忘れる事の出来なかった、メリーの身体の感じる場所を丹念になぞる。ただ一度だけ合わせた身体を、俺は鮮明に覚えていた。  喉の感じる場所。胸の頂。細く滑らかな腹。  完璧な形の窪み。  神々に祈る人々がその祭壇に口づけるように、俺はメリーの身体に口付けた。  その度に白い身体が跳ね、とめどなく唇から快楽を訴える声が漏れる。  その声がぐるぐると俺の頭をかきまわし、心の痛みを消していく。  長く待たせるつもりはなかった。  銀色の茂みの中のメリーの欲望は涙を流していた。  軽くこすりあげて口に含んだ。 「ん……あっ!」  根元まで含んだものを舌で舐め回す。含んだままで中で舌を動かすと悲鳴のような喘ぎがメリーから漏れた。 「ひ!ああっ……ん、ああっ」  何度も何度も吸い上げ、舌で舐めあげる。逃げようとする腰をつかむと、メリーが俺の頭を押さえた。  はあはあとメリーが息を吐いている。  ゆっくりと頭を動かすと、びくんびくんと欲望が口の中で跳ねる。  やわやわと痛みのない程度に歯を立ててやる。 「ああああっ!ろ……ろ……」  舌ったらずに俺の名を呼ぶ声にうなじの毛が逆立った。  頭を動かす度にメリーの手が抑揚をつける。  それがメリーの心地よい方法なのだと思って合わせてやると、求める声が激しく、甘くなった。えずく程に奥に咥えて吸い上げると、激しく震えながらメリーが全てを吐き出した。  濃いものを躊躇わずにそのまま飲み込むと、最後にもう一度舐めあげて開放した。口から零れた唾液を手の甲で拭うと、感極まって泣き声をあげる細い身体を抱きしめて一緒にベッドに転がった。  メリーの震えが穏やかになっていく。  仰向けになっていた身体がころりとこちらを向くと、ピンク色の舌が俺の唇を舐める。  メリーの味が残っていたのか、ぶるぶるっとメリーが震えた。 「それはちょっと不味いかもしれませんね」  立ち上がってテーブルの水差しから直接水を飲んで口をゆすいだ。  皿からメリーが好んで食べる果汁の多い果物を取ると適当に切って口に入れる。残りを皿に入れると、ベッドにうつ伏せになっているメリーの所へ持って行った。背中に手を差し込むと、メリーの身体を起こして口に含ませてやる。  もぐもぐと果物を噛むメリーがへにゃっと微笑んだ。 「もっと食べて」  叫んで喉が渇いているだろうとメリーの口にまた果物を入れる。  大きすぎたのか、噛んだ時に汁が垂れた。  ぺろりと顎を舐めると、メリーが嬉しそうに唇を合わせて来た。  キスをしていると、メリーの目がとろりと眠そうになる。  可愛らしい姿にくすくすと笑うとメリーがまたへにゃりと笑った。 「愛しています」  囁くとメリーが俺をベッドの中に引き込んだ。  莢の中の豆のように寄り添うと、メリーがため息をつく。  メリーの髪を優しく撫でながら額にキスをした。  お返しのようにメリーが唇にキスをして、そこでむにゃむにゃと何か呟いた。水色の目はもう閉じていて、寝息が聞こえる。  今のメリーと寝ることが正しいことかどうか判らなかった。  だが、残された時間が短いのだと悟り始めた俺には、この許しと癒しが必要だった。忍び寄る絶望の影を振り払うには、咲き誇る薔薇に手を触れ眺めるしかない。  メリーの幸せそうな寝顔をじっと見た。  涙がそれを歪める。  この人を失って……どうして生きていられるのか。  どうしても判らない。  ちらりと頭にその考えが浮かぶ。  一度考えつくとその考えは頭から離れなくなった。  実はいつもいつもそれを望んでいた。  禁じられていたから思い出すのを拒んでいただけで。  俺は涙を流しながら、そうする為の方法を考え始めた。

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