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白薔薇は狼を捕まえる(7)
ローにキスを落とすと、首筋の黒い茨に軽く歯を立てる。
「このメリーが……そう簡単にローを手放すものか」
抱き寄せようとした腕を逃れて、くすくすと笑いながらローを引っ張った。
「まだ……辛い、ですか」
ローが心配そうに尋ねる。
「ローは大事に扱ってくれたから平気だよ。この身体はよく躾けられたようだしね」
ローの顔が赤らんで恥ずかしそうに伏せられる。
にっこりと微笑むと浴室と思われる方向にローを引っ張った。
「風呂に入ろう」
手馴れた様子で身体を洗ってくれるローを、お返しと洗い始めると、ローが目を細めてじっとしている。泡立てた手であちこちを触ると、ローがくすぐったいと微笑む。悪戯な指先をローに絡みつけた。
ローが息を詰めたまま首を振った。軋るような声が囁く。
「駄目です。そんなことをしたら……俺は……」
「おかしくなる?でも約束したよね?初めて愛し合った時、この口と舌でローを愛してもいいって。今日はもう約束した明日じゃないけれど、ここから始めようってわたしは決めたんだ」
ぱしゃりと水音を立ててローに抱きつくと唇をこじ開けて、深いキスをする。狭い浴室の中に花びらを散らすように、薔薇の発情香を撒き散らす。少しでも吸い込めば、ローはその匂いに酔うだろう。
「だ、め……」
「吸うんだ。逆らってはいけないよ?
ローは幼いわたしを犯したと言ったね。
────じゃあ、今度はこのわたしがローを犯してあげよう」
ローの濡れた前髪を掻きあげて、ゆっくりと耳を撫でる。
微笑みながら銀色の瞳の底を探るようにを覗きこんだ。
「ここの中が……このわたしでいっぱいになるようなことをするんだ」
ローの額に口をつける。
もし、ローが香りを視覚的に見ることが出来るなら、ここの空気は真っ黒になっているに違いない。
とろりと濃い濃密な香りにわたし自身も煽られている。
ローの肩にさくりと歯を立てた。痛みにローの身体が震える。
わたしの噛む力では、ローの肌には傷はつかないらしい。
歯の形にくぼんだ跡に舌を這わせて吸い上げると、皮膚の下にわずかに赤いものが滲んだ。
ローが荒く息を吐いて吸い込む。
わずかに香りを吸い込んだのだろう。ローの目がぎらついている。
「ローはとても大事に幼くなったわたしを抱いてくれたね。でも、わかってるんだ。狼であるローには……あれじゃ足りないだろう?」
「俺が思うままにふるまったら、きっと、あなたを壊してしまう……」
「幼いわたしはそうかもしれないけど、このわたしは大丈夫だ。
ローがどうであったとしても、理解しているし受け止めるつもりだよ。
それに、ローは例えどんな時でも、わたしを本当に傷つけることは出来ないと信じてもいる」
その言葉に観念したのか、ローの鼻が動く。
がくんと後ろに首を倒したローの顔を両手で挟むと、見開いたままの銀の瞳を覗き込む。はっはっと短く息を吐く顔を愛しげに撫でた。
「逃げて……」
掠れた声の忠告を無視して、その唇を嬲る。
震えるローの舌が口の中に滑り込んで、わたしの唾液を舐めとった。
「さあ……ロー。わたしと……したことのないことをしよう」
激しくなるキスに陶酔して、ローの上で魚のように身体をくねらせる。
ローの指が身体に触れると、電気のように流れる気に声をあげた。きゅっとひねられた胸の蕾に激しく声を漏らす。
引き寄せられて舌で舐めあげられると全身が震えた。
乱暴な手が、もう起き上がっているわたしをこすり上げる。
喉の奥から笑い声が漏れた。
ほら、幼いわたしの味わったものなど、何も入っていない薄いスープのようなものだ。
水に沈みそうなわたしをぎらぎらとした目のローが無言で抱き上げて、濡れたままの身体をベッドに転がす。
ベッドにあがって来たローが立ち膝のままわたしを見下ろした。
四つんばいになってローの腹にキスをする。
水滴を吸い取りながら、吸うたびに震える筋肉のついた腹とローの欲望を眺めて微笑んだ。
髪の毛を耳にかけると、ローに嬲られた赤い舌を突き出す。
ローがわたしの顔を両手で抑えると、口の中に自分を含ませた。
実際のところ、わたしはそれをしたことがなかったから、あまり上手くはないだろう。それでも精一杯口の中に含むと、舌を動かしてみる。
ローの気持ち良さそうな呻き声と、先から溢れる液がローの快楽を伝えて来て、それに気を良くしたわたしは、音がするように吸い上げた。
頭をつかんでいたローの指先が震える。
「メリー……根元を」
ああと思って含み切れていない根元を握る。
筋を立てて怒張した部分に触れると、ローが息を詰めた。この触れる部分の先が自分の口の中にあるのだと思うと、ぞくぞくとしたものが背筋を走る。
押し殺した息をしながら、ローがわたしの愛撫に耐えている。
「あまり……深くまで入れないように……手で調節して。吐いてしまう」
反抗的に手を離すと、ローを限界まで銜え込んだ。
喉の奥に感じるそれに、えずきそうになって、喉が締まった。
ローがびくんと震えて、それがいいのだと気づいて必死で吐き出しそうなものを呑み込む。頭に添えられた指先に力が入って、ゆっくりとわたしの口の中を行き来する。奥まで咥えようとすると、ローの指に咎めるように力が篭った。
限界が近いのだろう、口の中でローが震えた。エラ張った部分とぎりぎりまで張りつめたものが口の中を荒らす。ローの思うがままに口を使われながら、舌で浮き立った血管を舐めた。
「────っつ……あ」
びくびくっとローが口の中で震えた。
溢れてくる欲望を期待して、喉を鳴らす。
瞬間、ローがぐいっと顔をひっぱって欲望を抜こうとする。けれど、それは間に合わず、口の中に苦いものが大量に入り込む。
引き抜いた瞬間に顔に生温かいものがかかった。
顔も、口の中も大変なことになったようだ。
というのは理解できた。
とりあえず、口の中のものを呑み込もうとすると、ローが口の中に親指を突っ込んで来て、あごをこじあけた。
「吐き出してください」
抗議の声を上げると、ローがぎらぎらする目で見下ろしている。
「出して」
いつになく冷たい口調に仕方なく舌で液を押しやると、ローの親指が舌の上からそれをこそぎ出す。ぽたぽたとあごから下に落ちるのを確認したローが、布でわたしの顔をごしごしと擦った。
「風呂へ……」
言うローをベッドに押し倒す。
「もっとする」
まだ硬さを保ったままのローを口に含もうとすると、ローがわたしの身体を自分の上に引っ張り上げる。
「もう……それはいいです。苦しかったでしょう?」
「冷静にならないでよ」
ぷうと膨れると、ちゅうちゅうとローが頬や首筋にキスをしてくる。
「男ってそういうものでしょう?」
「もっと……」
「だったら……今度は二人で出来ることをしましょう」
喉の感じる部分をローが強く吸い上げた。
声をあげながらびくびくと震えると、ローが微笑む。
「手加減とかしたら許さない」
きっとローを睨むと、穏やかな微笑みの中で銀の瞳が揺れる。
「そんな余裕はないと思います」
お互いを嬲るようなキスを交わした。
わたしは発情香で、ローは気の力でお互いを煽る。
ぎゅっと握られた場所には指の跡がつくのだろう。時々、耐え切れないというように唸りながらローがわたしの肌に歯を立てる。
痛みに弱い筈なのに、そうされる度、快楽の声が漏れる。
後ろを探られるとさっきのローの残滓と香油の残りがぬるりと染み出して、ローの指を濡らす。何度も何度も香油を足しては出入りするそこに喜びの声が止まらない。
「もっと……もっとして……」
腰をくねらせてローの指を深い所まで誘い込む。
開く指にあられもない声を漏らして身体を震わせた。
ローがわたしの身体を起こすと膝の上にまたがらせて、二人の間に香油を垂らす。ローが腰をくねらせると、二人の欲望が擦れあった。
胡坐をかいたローがわたしの唇を吸う。
心の底まで覗きこむようにお互いの瞳を見つめあった。
ゆっくりと、ローの欲望を受け入れる。
ぞくぞくと震えながら半ばまで入れると、はあと息を吐いた。
その瞬間、ローが強く腰を握って突き上げる。
「ひゃあ!」
情けない声の漏れる唇にローがちゅっと口をつける。
「こんなに深くあなたに入れたことはない」
その言葉に歓喜して震える。
「うれ……ああっ!」
がんと突き上げられて嬌声が漏れる。足が浮いて、そこの部分に自分のすべてが乗せられているのだと感じた。あまりの快楽に力が入らなくなる。
「あっ……ああ……んあ!」
慣らすようにかき回すローに絶え間なく声が漏れた。
ぶるぶると震えながらローの肩に手を回すと力なく抱きつく。
痛がっていないとわかると、ローの腰の動きが強くなる。
気が付くと、ローは胡坐をといて立ち膝になっていた。
わたしの両足は完全に浮いてローの腰に巻き付いているだけだ。
すがりつく腕にも力が入らず、ローの腕だけがわたし達を繋いでいる。
激しい交わりに朦朧としながら、それでもローをもっとと煽る。
「メリー……」
囁く声に不安を感じて泣き声をあげた。
「やだ!やだ!やめてはいやだ!」
腰を支える指に力が入る。
「あっ……あ、あああ、あ」
喰い込む指といい場所を激しく突き上げる動きに耐えられずに、声をあげて欲望を放つ。その声を聞いたローが激しく震えて、中に放つのを感じた。
あまりの快感に、ぼろぼろと涙が出て来る。
ローがゆっくりとわたしをベッドに寝かせると、自分を引き抜こうとした。
「いやだ」
足を絡めてしゃくりあげる。
「も、もっとする」
すすすんと鼻をすすると、震える声で叫んだ。
「ローがしたことのないことをするって決めたんだ。一杯するんだ」
子供みたいな自分に腹が立って、また涙が出る。
わたしを見下ろすローの顔がくしゃりと歪んだ。
「泣かないで、メリー」
「い、いっぱい傷ついたんだろう?いっぱい辛い思いをして……寂しかったろう?心細かったんだろう?だから……忘れさせてあげるんだよ」
「あなただって……あなただって、そうですよね?
傷ついて、辛くて、寂しくて……心細かった?」
「そうだとも。そうに決まっている」
「愛しています…………本当に。どうやってこの心を伝えたらいいか……わからないくらいにあなたを愛している」
「消えたりしない。ずっと一緒だよ」
ぼろぼろと涙が零れる。ああ、ローがため息をつくと、その涙を拭う。
「すごく強気で……ちょっと悪いメリーも、こんな風に疲れて、どうしていいかわからなくて泣いているメリーも……俺はすごく好きです」
「わたしだって……どんなローだって大好きだ。めそめそしてるローはすごく可愛いし、きりっとしてるローはかっこいいし、毛の生えちゃったローだって野生的ですごく好きだよ」
「毛の生えるのは危ないから、なるべく見せたくないですけど」
「いいじゃないか。あれもいいよ」
ローがにっこりと微笑んだ。
つられてわたしが笑うと、ローがとても嬉しそうにわたしを抱きしめる。
「メリーだ……俺の白い薔薇」
「そうだよ。ローのメリーだ」
「もう……どこにも行きませんか?」
「どこに行っても、ローがついて来るんだと思っているんだけどね」
「それは、そうです」
「なら、いいじゃないか。置いていくつもりはないし」
「メリドウェン?」
ぱしぱしとまばたきをしてローの瞳を覗き込んだ。
悲しみの影のない幸せそうなローの銀色の瞳がわたしをじっと見ている。
「あなたは……本当に美しい」
当たり前じゃないか。その言葉は激しく重なった唇に吸い込まれてしまった。
喜びできゅうと締まったわたしに、刺激されたローが腰を揺らす。
甘い声を漏らすと、あっという間に育ったローが中のいい場所を突き始めて、激しい交わりの余韻の残った身体は、意味のある言葉を発することが出来なくなった。
ああ、本当にわたしは帰って来た。
この腕の中に。
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