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白薔薇と狼は伝説になる

 ゆっくりと風呂に入りながらお互いの今までの話をした。  風呂の中では終わらなかった話をベッドの上でする。  ローはもう離さないというように寄り添って、髪の毛をもて遊んでいる。  ローがクルフィンに嫉妬したり、わたしがフェアロスを疑ったり。  ちっとも深刻じゃない痴話喧嘩を繰り返し、それから、戦争の話になって。  なかなかシリアスな展開になっているのだと理解した。 「俺は|《契約》《インクルード》では、それほど強くはならなかったから……戦争の役に立つのかはわからないのですが」 「|《契約》《インクルード》で強化されたのはわたしだからね。  一番望まれない部分を強化してくる辺り、なんというか……」  曇ったローの顔に微笑みかける。 「例えそれがどうであれ、最後にはこれでよかったと思わせるのが、ローのメリーというものだよ」  ローの肩を押して半ば身体に乗ると唇に吸い付く。  お互いの舌が触れあうと、ため息が漏れる。  ローの指が背中を撫でて、その心地よさに声をあげた。 「おまえら!いい加減にしろ!」  ドカっと入り口の扉から音がして、剣の先が見える。ビィーンと震える剣先にぽかんと口が開いた。 「早く出てこないと、魔法ライトニングをぶち込むぞ!」 「わたしの結界はパトリックには効き目が弱いみたいだね」 「ああ、いつの間にか外が暗くなっていますね。フェアロスは随分がんばってくれたみたいですね」  のんびりとローが言ってキスをする。  ぱちんと指を鳴らして結界を外すと、青筋を立てたパトリックがどかどかと入ってくる。 「久しぶり」 「出発するぞ」 「出発はするけど、パトリックとは一緒に行かないよ」  手をひらひらさせると、にっこりと笑う。  顔を強張らせたパトリックがぎゅうとこぶしを握った。 「この世界を……ルーカス王を見捨てるのか」 「メリー……それは」 「メリ~!」  セル兄がばあんと扉を開いて中に踊りこんでくる。ナイスなタイミングだ。 「治ったよ」  絶好調な兄がくるくると回ってポーズを決めるのをふむふむと眺める。  これなら行けそうだ。 「パトリックはセル兄と一緒に出発してくれ。わたしは援軍を連れて行くよ」 「援軍?」  パトリックが疑わしげに眉を顰める。 「ロー以外に……どこに援軍がいるというんだ?」 「この戦争にこの世界の存亡がかかっているなら、どうしてオオカミの国は参加していないのかな?  今は東国の小さな国だけど、オオカミは一騎当千と言われている種族で創世にも関わっている。この世界の存続には関与するべきなんじゃないかな」 「打診はした。だが返事はなかった」 「ローが学園から出した手紙にも返事はなかった。  アーシュはヤミに取り憑かれていた。何かが狼の国で起きている。  だけど、味方につければ戦況をひっくり返すだけの力はあるんじゃないか?」 「勝算はあるのか?」  厳しい顔のパトリックに微笑みかけると、うっとりとローを見上げた。 「ねえ。ローより強い狼……真王がわたしを欲しいと言ったらどうする?」 「殺します」  にこにこしながらローが言う。  放たれた殺気にパトリックとセル兄がじりっと後ろに下がった。 「オオカミは完全実力主義なんだ。力の弱い者は強い者に従う。  ローがわたしを真王に渡さないと思うのならば、ローは今の時点で真王より強いのだと思う。  援軍を頼んで了解されなければ、ローが真王になればいい。そういうことだよ」  ローが一瞬真顔になって、それから微笑んだ。 「やっぱりメリーは頭がいい」 「できるよね?」 「あなたがそう言うなら」 「じゃあ、ちゃっちゃと行こう」  ローがわたしを抱いてベッドから立ち上がる。 「あ、パトリックは早く帰りたいの?陛下の所に」 「当たり前だ!」  渋い顔をした友人の手を兄の肩に乗せた。 「陛下のこと考えて」  意識をパトリックの中に滑り込ませて、赤毛の王の姿を探す。  戦場に立つ王の姿。赤い髪が光に透けて、緑の瞳が柔らかく輝いている。ピンク色の唇が誘うように開いた。  明らかに三割増しになっている美しさににやりと笑いながら、呪文を唱えた。発動する呪文にびっくりしたセル兄がパトリックに抱きつく。  そのまま二人の姿が消えた。 「あー。兄上抱きついちゃったね。あのままルーカス王の前に出ちゃったら、大変なことになりそうだ。陛下ってば、嫉妬深いし」  無責任にけらけら笑うと、パトリックと一緒に入ってきて、部屋の隅に控えていたフェアロスに声をかける。 「聖騎士殿とセル兄は戦場に先に戻られたと伝えて欲しい。  わたしとローは狼の国の援軍を頼みに行くよ」 「皆様にお伝えします」  頷いてローを見上げる。 「今のは?」 「母上に記憶の森へ行く手伝いをして貰った時に、物見の仕組みを理解したんだ。脳の中に入り込み、見たものを見ることが出来る。  一度見た場所には転移の魔法で飛べるから、そこに飛ばした。  まあ、他人の頭の中なんで気持ちが悪いから、積極的には見たくないけど、パトリックを待たせたのは確かだし。セル兄もナル兄に会いたいだろうしね」  ふむと頷いたローが首を傾げて言う。 「じゃあ、今度は狼の国に飛ぶために俺の頭の中を見る?」 「嫌かい?」 「どうぞ?」  ローがにこりと笑う。 「ローの故郷を思い浮かべて欲しいんだ。いきなり王宮の中は危ないから、ちょっと離れたところ」 「わかりました」  ローの頭の中に入りこむと、古い家の画像が浮かぶ。 「ここはどこかな」 「俺の実家です。父と母が暮らした家だ。……いつかあなたに見せたいと思っていた」  おや、あそこにいるのは……  その家の側にはわたしがいた。  銀色の髪、澄んだ水色の瞳。月に照らされて微笑むエルフの姿。  着ているのは結婚式の時の衣装だろうか。白い裾をひく美しい刺繍に彩られた上衣を纏ったわたし。  頭には星のティアラを載せている。  その姿は本当に胸の痛むほど美しかった。 「ああ、愛しているよ。ロー……」 「俺もです。愛している……俺の白い薔薇」  呪文を唱えると、わたしたちは狼の国に飛んだ。 ** ** **  後の歴史は記す。  ヤミの国に対峙した人の国と妖精の国の連合軍が打ち倒されんとしたその時に、新しき狼の国の王、ロー・クロ・シンオウとその伴侶、妖精の国の王子メリドウェンが率いる狼の軍勢が現れて、ヤミの国を屠った。  援軍に力を取り戻した軍勢はヤミの国を滅ぼし、この世界は安寧を取り戻した。  人の国の王ルーカスはその戦いに斃れ、嘆き悲しんだ聖騎士パトリックはいずこかへ消えた。人の国はルーカスの甥であるグレアムを王に頂き、長く安定した国を築くことになる。  真王ローの治世は短く、戦争後、わずかな期間で退位すると、伴侶であるメリドウェンと共に狼の国を去った。  その行方を知るものはいない。

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