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【番外編】赤い薔薇
Twitterでお宅のうちの子が××するところを見たいというタグで募集したリクエストの話。
【ルーカス王がデレるところを見たい】
場所:死にたがりの完結後、進軍するヒトの国連合軍の天幕の中
視点:パトリック
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
彼の人は王でおれはその騎士。それは永遠に変わらない。
玉座にゆったりと足を組んで座り、ひじ掛けの上に乗せられた腕の先、握られた拳の上には、色というものを感じられない美しい顔が乗っている。白い肌の微かに刷かれた頬の赤みだけが、彼の人が人形ではなく生きた人間であると証明していた。赤い巻き毛が炎のようにその腕に巻きついている。
報告を聞いた頭が微かに頷いて桃色の艶のある唇が、尊大で剣呑な指示を吐く。冷徹に計算された作戦はただ敵を屠るため、この世から消す為だけにその舌の上に乗る。ここにいる全員が彼の人の敵には回りたくないと思っているに違いない。敵にすることは己の死を招くだろうと。
だが、味方にすればこれほど頼りになる人物はいないだろう。
彼の人は恐怖でヒトの国を統治していると言われているが、それは彼がいかにすぐれた統治者であり、その庇護の下にあることが僥倖であるかを示しているだけのことだ。
「ガレス卿は東の守護に回れ、東の沼地にはヤミ族の拠地が……」
滔々と流れる指示がふと止まる。
「……飽きた」
ふうと息を吐くと、黒に包まれた身体が優雅に立ち上がる。
「今日はもうおしまいだ」
侍従が差し出した手に王冠を渡すと裾を引く外套を玉座に放る。少女のようにほっそりとした身体があらわになって、軽い足取りが地面を踏む。行く手のものが両側から天幕の布を持ちあげた。そこを通り抜ける瞬間、ふわりとその美しい顔が振り向いて天幕の中を泳ぐ。ひたりとその視線がおれにはりついて、赤い唇が嘲るように歪む。
「ついて来い、聖騎士パトリック」
一も二もなく立ち上がると、その後ろについて天幕を出る。
「後の者はついて来るな」
王の守護を司る黒騎士達の戸惑う気配に、オレは振り向いて無表情に頷く。聖騎士に守護されたものが危険にさらされるわけがない。
天幕の降ろされた向こうには夜の闇が迫っていた。
「パトリック」
差し出された手を握って、その細い身体を横抱きに抱きあげる。いつもより熱く感じる身体に顔をしかめた。
「案ずるな。眠いだけだ」
ことりと頭が肩に落ちてくる。
「三日も何をしていた」
眠さの混じった声が囁く。
あなたの指示していたことを。
あなたの指示した殺戮をこなし、あなたの指示した敵を屠った。徹底的に殲滅し、蹂躙して。二度と立ち上がれるように切り刻んだ。敵が人の姿ではない、化け物であったことだけが僥倖だった。
「あなたの元に戻ることだけを考えていました」
ふうと、艶やかな唇がため息をつく。その胸元から、血の混じったような濃厚な薔薇の香りがたちのぼった。炎のエルフを先祖に持つ彼の発情香。何人がこの香りを嗅いだのか。必要であったことは理解している。守る為には年も、地位も足りなかった。だが、己の無力を許せる日が来ることはないだろう。
他の者であれば、狂うだろうその香りの効果はおれには弱い。
それが良いことなのか、悪いことなのかわからない。だが、運命に手荒く扱われてきたこの人に、狂わされることなく触れることが出来るのは幸運なのだと思う。
「抱け」
胸のボタンが外されて、白い胸が開かれた。香りが強くなる。
「あなたは、寝ていないのだろう」
「誰のせいだ」
なじるような言葉に、ぎりと奥歯を噛む。
「私の無能のせいです」
腕の中で猫のように暴れる身体を抱きなおして足を速める。この人が一声叫べば、例え聖騎士であってもおれの首は飛ぶ。死ぬことを恐れてはいないのだ。王である己を、その権力を心の中で嫌悪するこの人の呪いを深めたくないというだけで。
「は、なせ」
ひっそりと放たれた言葉がそれを裏づける。
「ルル」
静かに放った言葉に腕の中の小さな身体が震える。この人を愛称で呼ぶのは、それを許されているのはおれだけだ。幼い頃のおれととこの人の小さな秘密。誰もいない時にだけ呼び合う愛称。その時だけはおれとこの人は、ただの恋人同士になる。
「待たせてすまなかった」
「待って、など!……」
真っ白な歯が、艶やかな唇を噛んで、放たれなかった言葉が宙に舞う。うっすらと頬が赤く染まっていく。うるりと緑の瞳が水を帯びてきらりと輝いた。その瞳からは涙があふれることは滅多にないのだが。
「一日がどんなに長かったか……それが三日だ。何度、出陣しようと……」
「わかっている」
噛んだせいで赤く染まった唇が誘うように震える。ここが陣の中でなければすぐに奪っていただろう。松明の灯りの下ではせわしなく何人もの者が動いていて、こちらに気がついている。
「馬鹿だろう……私は、弱くなった……」
「おれはずっと、その弱さが欲しかった。あなたに必要とされる日だけを夢見ていた」
「弱い私になど、価値はない」
「価値がないならおれが貰おう」
「私は、私は……わたし、は」
血でまみれている。穢れている。呪われている。
承知している。理解している。それでも、この人はおれを遠ざけようとする。自分の幸運と幸福を信じることのできないあなたに、おれは何度でも言うだろう。
「おれはあなたを愛している」
きゅうと喉が鳴って、緑の瞳が開かれる。
「おれの心は世界でただ一人、ルルのものだ。王ではない、ただのルーカス……おれの赤い薔薇」
柔らかに巻いた深紅の髪にそっと唇をつけて、血の香りの混じった薔薇の香りを吸う。
伸ばされた腕がおれの頭を抱えこんだ。耳元で怯え切ったような小さな声が囁く。
「私もだ……私も愛している。ディー」
早まる足で、王の天幕に駆け込み、人払いを頼んでお互いの唇を貪る。疲れ切ったあなたを抱くわけにはいかないと囁くと、反抗的な緑の瞳に睨み付けられたが、小さな身体は腕の中、寝具の上で丸まるとすぐ、とろとろとした眠りに落ちる。
額に唇をつけると、求めるように唇が動く。
呪われた深紅の薔薇。おれはあなたの為だけに存在している。
<おわり>
ディーはパトリックの愛称です。パトリックの愛称はパット、パディが一般的でパディからディーとルーカスは呼んでいます。
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