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【番外編】メリーズキッチン(4)
カチカチと歯を鳴らしながらローが頭を振る。
「メリー……俺を縛って……おかしい、俺……」
狂気を孕んだ瞳がわたしの瞳を覗きこむ。ざわざわとローの肌が波打ち、ふさふさとした毛で覆われていく。一度だけ見たことがある、その姿。ルーカス王に攻撃されたわたしが死んでしまったと勘違いした時、ローが憤怒の中で見せた姿だ。
「は、や……く」
熱に浮かされたように囁きながら、ローがわたしの胸に口を寄せる。熱い涙がぽたぽたとその胸に落ちた。
「あな……た、に、酷い、こと……させない……で……」
ああ、何が酷いことだというのか。ローがわたしを求めることが、酷いことであるはずがない。手を伸ばしてローのふさふさとした毛に覆われた頬を引き寄せて、伸びてしまった鼻先にすりすりと鼻をこすりつけた。柔らかく微笑んで、大きく裂け歯を剥き出した口にキスをした。反射的に大きな舌がべろりと口を舐めかえしてくる。
「メリー、めりー、だめだ……だめ」
軋るようにうめくローに縋りつく。
「そこにいるのはロー、君なんだろう?
毛のふさふさしたローだって愛してるって、前に言ったよね?ローなら怖くないよ。だって、どんなローだって、わたしを愛しているって知っているもの」
肩をローの長い鼻が押す、くーんくーんと甘えるような音がローの喉から漏れた。舌が首筋を舐めまわして、たまらずに甘い声を漏らすと、ローの息がはっはっと速くなる。おしつけられた腰の熱が高くなった。
そっと指を走らせると、いつもより大きな欲望に息を呑む。根元がふくらんだそれは、人よりは狼に近いのだろう。それが自分の中に入るのだと思うのだと、ごくりと喉が鳴った。
「させないで、いや、だって。俺、嫌だって……いって……おね、が」
ローが呂律の回らない声で囁く。苦し気にはくはくと口が開いて、赤くて大きな舌がべろりと口の周りを舐める。くーんとまたローが喉の奥で鳴く。
「大丈夫だよ。ロー……さあ」
ふさふさとした毛の生えた首に腕を絡めると、ゆっくりと身体をうねらせる。わたしの欲望が熱をもってローに触れた。その熱さを感じたローが、息を詰める。
「めりー、ハ、すき?これ、スキ?」
はあと息を吐きながら、ローが身体を突き上げて欲望をこすり合わせる。
「ああ、好きだ。ローが好き。全部……好きだ」
ローの愛と欲望にぎらついた目を正面から受け止めると、すっかり毛に覆われた狼の顔に何度もキスをする。先ほどの余韻に潤んだ場所にローの欲望が潜りこんだ。突き上げる衝撃に、身体が弓なりになる。
「っあ、ああっ!」
いつもと違う形のローに声を殺し切れない。苦痛の悲鳴にローがびくりと身体を震わせた。獣人の身体のそこだけはいつもと同じ溶けた銀の瞳が苦しみに歪む。
「め、めりぃ……っ……ご、ゴメ、なさい。やだ、ヤ……で……キライ、なら、ない……」
はあはあと息を吐いて整える。大丈夫だとは言えなかった。元々のローでさえ大きすぎるのだ。
「ゆっくり……いい子だね……そう、ゆっくりだよ」
かちかちと耳元でローの歯が鳴る。追いつめられてもわたしを気遣うローに身体の力が少し抜けた。ずるりと入りこむローに甘い声が漏れる。びくりとまたローが震えた。
「ほら……まだ入るよ」
ローの身体に足を絡めて奥を明け渡す。腰をつかまれ、何度も何度も奥を抉られた。あられない声を、ローの狼の舌が舐めとる。人形のように抱えられ、裏返されてぐるりと中をローが撫でる。
「あ、ああ、それ……っ……うあ……いっ」
うなじにローの牙が立って、快楽にぶるぶると全身が震える。後ろがローを絞り上げて、ローが声を放つ。ぴったりと身体を重ねながら、ぬくぬくとローが後ろで蠢く。せわしない息の間から、背中や耳、肩をローが舐めまわして、その度に快楽に意識が飛びそうになった。
中のローがこれ以上になく高ぶって、上になった身体が震える。
はあはあと獣そのものの息が耳に当たって、力のはいらないわたしの腰を持ちあげた。高くあげた腰をローがぐんと突き上げる。ずんとローが中にふくらんだ根元を押しこんだ。自分が余すことなく広げられたのを感じる。
「っ……っあ、ああ!あ、あ」
「めりー、メリー……っつ」
ローが震えながら熱いものをわたしに流し込んだ。同時に達した自分自身が欲望を飛ばす。
荒い息を吐きながら、徐々に理性を取り戻す。自分のものが胸まで飛び散っているのに苦笑した。腰だけを高く突き上げた姿勢が辛くなって、もぞりと動く。ローが身体を引こうとして、息を詰める。
「……っ、ぬけな……」
ぐいぐいと何度か動いては、ローが嘆きの声を漏らす。狼や犬の交尾は時間がかかるのだと聞いたことがある。ローの欲望の根本のふくらみは、わたしの中に長く留まるためのものだ。
ぽたぽたと背中に熱いものがしたたる。
「やだ、イやだ……」
振り向くと、狼の姿のローが涙を流している。
「壊れないで、壊れては、イやだ、メリー……俺……嫌だ」
しゅうしゅうと息の混じった声が囁く。その間も銀色の瞳は涙を流し続けていた。
はあと息を吐くと、ローを咥えこんだままで腰をぐるりとひねった。脚を大きく開くと、ローの身体を引き寄せてよしよしとその耳を撫でる。
「壊れたりはしないよ」
牙がむき出しになったローの口をそっと舐める。
「だって……だって、あなたは……俺、ひどい……」
「わたしは気持ちよかったけどね」
「きもち、……」
ローの目が見開かれる。わたしはくすくすと笑いながら、すっかり狼になってしまったローの鼻に鼻をすりよせた。親愛の行動に、ローが震える。
「いつもローはわたしを宝石のように大切にしてくれるけど、こういうローも素敵だ。……ローはわたしの作ったパイのせいで、強く発情してしまって、先祖返りしてしまったんだよ。前に一度先祖返りしているから、なりやすくなっているのかもしれないね。パイは発情を促そうと思って作ったものではないんだけど。
ロー達はもう獣人の姿になることもないし、ましてや狼の姿になることもないから、獣の姿で愛しあうことは時間がかかるというのを忘れてしまったんだね……ローの欲がすべてわたしに注がれれば、多分、自然に抜けるよ」
「い、痛くない、ですか。メリー……傷だらけ……で」
ローが痛ましげにわたしの肩に触れる。
「大丈夫」
微笑んで、肩の傷の上でくるくると指を回して呪文を唱える。ぱちんと指を鳴らすと、光を放って傷はきれいに消えていた。
「わたしは医療系の魔法使いなんだよ。忘れたのかい?その気になれば、傷は全部呪文一つで消えてしまう」
「じゃあ……」
消して。そう言いかけたローの口を唇で塞いだ。散々ローの舌を嬲って、ローの息があがるのを感じて微笑む。
「メリー」
指を痛む個所にゆっくりと這わせる。ローがその指を呆然と眺めているのに気分が高揚する。
「これは、ローがわたしに夢中になったってことなんだから、消してしまっては損だろう……消えるまでの間、ローはわたし達がしたことをきっと思い出す」
ふふと笑うとうっとりとローを眺め、黒い耳の後ろを撫でた。何かを考えるようにくるくると耳が回る。
「それがあなたの望むことなのですか?俺があなたにした乱暴を忘れて欲しくない?」
「ローが我を忘れてわたしに溺れたことを忘れないで欲しいと思うのは、いけないことかい?」
ローの瞳から痛みがゆっくりと消えるのを見ていた。大きく切れ上がった口から大きな舌が出て、わたしの頬を舐める。
「あなたは酷いエルフだ」
「でも、愛しているだろう?」
「愛しています。もう、愛していない頃の自分が思い出せない」
「すてきだ」
ローがごろりと転がって、胸の上にわたしを乗せる。くうんと喉を鳴らすと、ふさふさになった胸のあたりの毛を撫でた。その辺りは白い毛がふわふわと綿毛のように宙に舞う。しばらくそうしてくつろいでいると、どんどんローの毛は抜け落ちて、落ちて来た唇がいつものローの唇だと気がつく。
ほとんどいつもの姿に戻ったローに、そろそろと身体をもちあげると中のものが動くのを感じた。
「戻ったみたいだ」
微笑んで身体を起こそうとすると、ローがわたしの腰に触れる。手伝ってくれるのかと思った瞬間、ぬけかけたローの情熱が叩きつけられて、それがまだ熱をもったままだとわかる。
「ひゃ……あっ、あっ、あ、ああ」
下からぬくぬくと小刻みに突き上げられて、ローの上で身もだえる。軽々と膝を折られ抱えられて、抜ける限界まで持ちあげられた身体がローに叩きつけられた。
「っ……ああっ」
ぶるぶると身体が震える。自分の欲望が硬くなってローの腹を叩く。ここまで受け入れても自分が感じることが出来るのだと驚いた。
「ど、して……ろー」
力なくローの胸に倒れると、温かい唇が重なる。ローが優しく微笑んでわたしを見つめた。甘くて蕩けるような銀色の瞳。けれど、その色はどこかいつもと違っていた。戸惑うわたしに、すっかり元の姿に戻ったローが首を傾げて微笑みを深くする。
「メリー……俺は、あなたが思うよりずっと嫉妬深いみたいです。
さっきのあれをあなたが受け入れてくれたのは、すごく嬉しい。だけど、あれがあなたの経験した一番だっていうのは、どうしても、どうやっても許せない」
さくりと肩に歯がたって、そこは狼になったローの歯型がある場所だと気がついて息があがる。
「俺は、オオカミ族だから、たくさんの牲技を知っています。オオカミ同士でなければ、ちょっと出来ないようなことも……さっきの俺はすごく乱暴だったけど、この俺は乱暴にしなくてもずっと長くて気持ちいいことが出来ますよ」
次々と獣の姿になったローのつけた痕を上書きするように痕を残しながら、ローが楽しそうにわたしを見た。
「ここの中が……俺でいっぱいになるようなことをしましょう。このローが一番だって、あなたが思うようなことを」
ローがわたしの額にキスをしながら腰を動かす。深い場所に声をあげる。
「嫌だと言わないで」
泣きそうな顔でローが囁く。艶やかに微笑むとローの顔を引き寄せて唇を合わせた。ローが動きやすいように脚を開いて、ゆっくりと身体をうねらせる。ローがうめく声に、熱い吐息を吐く。
「楽しみだ……すごく」
息で囁くと、ローの瞳が煌めく。
その後に、なんかもうオオカミ族の伝統性技やばいよって思うようなことをいろいろされるんだけど、正直途中で意識が飛んじゃってあんまり覚えてないんだよね。いやもう、イキまくるとかやり殺されるとかいうのはこういうことなんだね。
翌日、ローがものっすごいつやつやした顔で、ごめんなさい、ごめんなさいって謝りながら立てなくなったわたしのお世話をしてくれた。
ルーカス王がどこからかこの話を聞きつけて「やっぱりメリドウェンはマズ飯作りだったか」ってにやにやしたので、そのうちリベンジしてやろうと思う。
《メリーズ・キッチン ゾンビパイ編 おわり》
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