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Present

あの日(ちか)を紹介してから何日か経って、夏休みまで残り数日となった。 そんな真夏の暑い日。クーラーも扇風機も無いあの日の空き教室に俺達はいた。静かな室内には、愛の甘いバニラの匂いとリップ音が響く。誰も来ないこの空き教室に来るのがいつの間にか俺達の日課になっていた。 「っ、ちか」 ──待って、そう口にしたかった言葉は音にならず愛の口に埋もれる。優しく後頭部を撫でられる感触に背筋が甘く痺れる。自分のものとは思えない吐息が随所に漏れて、恥ずかしくて涙が滲んだ。 「ち、か」 涙目の俺を見て、愛は瞼に優しくキスを落とす。その度に濃く香る甘いバニラの匂いに胸の奥が疼く。 「真白(ましろ)Kneel(ニール)」 ドクン、と心臓が高鳴る。愛の言葉に俺はペタンと座り込んだ。 「Good boy(いい子だ)、真白」 座り込んだ俺の頭を優しく撫でる愛。俺は目の前に座る愛の足元に擦り寄った。 「ま、しろ?」 突然カチャカチャと愛のベルトを外そうとする俺に愛は困惑した声を出す。ふわふわとする頭の中で俺は愛に褒められたい、と無意識に思っていた。 「、舐めたいの?」 ピクリ、と伸ばしていた手を止め思わず愛を見つめた。合わさった視線はいつもの穏やかな暖かさは無く、代わりに逆らえないようなDom()の視線が突き刺さる。その琥珀色の瞳に身体の全身が痺れた気がした。疼く熱が答えを急かす。 コクコク、と頷き懇願に目を向ければ愛の口元に僅かに乗る笑み。 「いいよ」 ──上手に出来たら、ご褒美あげる。 その言葉を皮切りに、俺は迷わず愛のそれを口に入れる。硬さを増すその熱に胸が高鳴る。愛に気持ちよくなってほしい、喜んでほしい、褒めてほしい。ふわふわとする頭の中はそれでいっぱいだった。 「っ、は」 愛から僅かに漏れ出る吐息に嬉しくなる。色香を漂わせるその吐息にゾクゾクと疼いた。チラリと覗き見た愛の瞳には熱が込められ、真っ直ぐに俺を見つめる。その姿がとても妖艶でクラクラした。 「真白、ごめん、っ」 「ん゛っ〜!?」 突然、グッと頭を押さえつけられ喉に押し込められる。思わぬ苦しさに涙が滲む。ドクドクと、伝わる熱にギュッと目を瞑った。 「けほっ、」 口から離れると同時にたらりと垂れる液。甘いバニラの匂いが鼻についた。ゴクン、と躊躇なくそれを飲み込む。それを見た愛の驚いた表情が見えた。 頭が、ふわふわする。 愛の足元に擦り寄り、見上げて自然と笑みが溢れる。そんな俺を見て愛は困ったように笑った。伸ばされた手が俺の頭を優しく撫でる。その心地良さに目を細めた。 「おいで、ご褒美をあげるよ」 愛の言葉に導かれるまま、俺は愛の膝の上に座った。 愛の左手が制服のシャツの下へと入り込み、背中をツーッと撫でる。その仕草に思わず身体がピクリと反応する。それと同時にふわりと甘いバニラの香りが鼻に届く。 「ぁ、」 ちゅ、と軽く首筋に吸い付いた感触に熱い吐息が漏れる。続けざまに愛は俺の首筋を下から耳元まで舌先で撫でた。甘く痺れるようなその感覚に小さく声が漏れる。愛の焦らすような試すようなその行為に、下から湧き上がるような快楽が全身に行き渡る。耳元で響くリップ音と愛の甘い吐息にクラクラする。 「ふ、っ……んっ、ち、か」 「ん?なぁに?真白」 「っ、ぁ、」 「我慢出来ないの?」 「ん、おね、がい……っ」 耳元で囁く愛の吐息を間近で感じてドキドキする。昂る熱がもう我慢できないと主張していた。ジンジンと痺れる脳内が愛で埋まっていく感じがする。期待感を込めて愛を見つめていれば俺の懇願する様子を見た愛は琥珀色の瞳を細め薄く口元に笑みを乗せた。妖しく光るその瞳と薄く乗った笑みがとても妖艶で身体の奥がゾクゾクと痺れ、疼く。 「Present(見せて)」 ドクン、と心臓が脈を打つ。僅かに震えた指先で自分のズボンのベルトを外していく。その間もドクドクと脈打つ心臓の音は耳元でずっと響いているかのようだった。 硬く熱を持ったそれが愛の前へ晒される。愛の琥珀色の瞳がそれを見ているとわかった瞬間、突如湧き上がった羞恥心に思わずギュッと目を瞑った。愛の手がそっと背中と太ももを撫でてその熱へと近づいてくる。その手の動きにピクピクと反応しているのが自分でもわかった。 「ぅわっ、ぁ」 人差し指でツーッとその熱を撫でられる。強い快感に思わず瞑っていた目が開かれ、琥珀色の瞳と目があった。 「ねぇ、」 ──触ってほしい? 愛のその言葉に反射的に頷いた。我慢できないその熱の昂りが、俺の思考を鈍らせる。 「ぁ、」 愛の手に包まれたその熱が期待感にピクピクと震える。けれど一向に訪れない快楽に思わず腰が動いた。 「そう、自分で動いて」 「っ、あ、んっ……っぁ」 「うん、上手だね真白」 「や、ちかっ……ん、ふ、ぁ」 「ほら、自分で腰振ってるんだよ?見て真白」 「い、わないっで、っ……」 「真白、」 ──気持ちいい? 俺の顔を覗き込みながらそう聞いた愛の表情はどこか嬉しそうで、胸の奥が高鳴る。頭がふわふわと熱に浮かされたように曖昧になっていく感覚がした。 思わず愛のそれに手を触れた。熱を持って硬さを取り戻していたそれはドクドクと脈を打つ。愛の手に包まれている自分のと重ねて手のひらに包めばその熱に全身が痺れた。頭の中は愛に褒められたい、とそのことでいっぱいで。 「ん、ぁ、っきもち、っ」 「っ……俺も」 ──気持ちいいよ、真白。 強い快感にふわふわとする頭を愛の肩にもたれさせていた俺の耳に届いた愛の言葉。その言葉に脳内が歓喜で満たされていく。全身を包む幸福感に思わず震えた。耳元に届く愛の吐息が熱くて、嬉しい。 「っ、ちか、」 縋るように求めたキスに愛は嬉しそうに笑みを浮かべて俺を向かい入れる。合わさる唇が心地良くて離れたくなかった。 このまま、愛の側で。 そんな思いが募っていく。言い知れぬ不安を隠すように俺は溺れていく。深く深く、ずっと深く。頭の片隅で響く言葉をかき消すように。 (ちか)(ちか)、君で俺の中をいっぱいにして。離さないで。たすけて、ちか──……。 ―――――― 甘い、バニラの香りに包まれる。暖かいその体温が心地良くて目を閉じた。あのまま愛の膝の上でその腕に包まれ、その心地良さに幸福を噛み締める。静かな室内に、俺達二人の呼吸音だけが響く。 「授業、行かなきゃ、ね」 ポツリ、と愛が言葉を漏らす。小さく呟かれたそれは静かな室内には充分なほど鮮明に聞こえた。ふと、閉じていた目を開ける。 「こんなサボってばっかじゃ、そろそろ怒られそう」 「そんなにサボってないでしょ、俺ら」 「いやいやいや、サボってるよ結構。てか回数の問題じゃないだろ」 「そう?じゃあ夏休み明けたら真面目に行こう」 「、明ける前に真面目にする選択肢ないの?」 「真白だってないくせに」 「っ……次の授業行く……!!」 「うわっ!……ははっ、わかったよ」 膝の上から降りてそう宣言すれば、よしよし、なんて言って俺の頭を撫でる愛。最近愛は事ある毎に、何かにつけて俺の髪を触ったり頭を撫でたりする。それが何だか嬉しかった。 「でも、真白」 「え?なに?」 「その格好で行くの?」 「?」 愛の言葉に不思議に思って首を傾げれば愛は俺の着ている制服を指差す。 「っ〜!!」 ベタベタに汚れていたそれに初めて気づけば熱くなる顔。恥ずかしくなって両手で顔を隠す。チラリと指の隙間から見えた愛の制服のシャツもベタベタと汚れていた。あまりの恥ずかしさにギュッと目を瞑る。 「ねぇ、本当にその格好で行くの?」 「……っ行けるか、ばか」 「だよね」 「ばかちか」 「うん、ごめんね。……真白」 「なに」 「耳赤いよ」 「っ〜!わかってる!」 「ははっ、かわいいね」 「笑うなよっ」 「ごめんごめん」 無邪気な表情で笑う目の前の愛。そんな愛を見たら何でも許せそうな気持ちになった。いつの間にか自然と俺の顔にも笑みが浮かぶ。笑っている愛は本当に綺麗で、綺麗で。 「ねぇ、このままさ、帰ろうよ」 微笑みながらそう言った愛に、俺は誘われるままに頷いた。 「これ、食べる?」 このまま帰ろうよ、と言われ頷きはしたけれどやっぱりどっちにしてもこの汚れをどうにかしない限りは外に出られないことに気づいて近くの水道で二人、シャツを洗った。それから空き教室の机を並べて窓際でシャツを乾かしながら二人、並んで座る。暫くして愛は俺に飴を一つ差し出した。 「あ!いちごじゃん!」 「そうそう、中にいちごソース入ってるやつ」 「え、なにそれ」 「あれ?知らない?駅前に売ってるんだけど」 「知らなかった。美味しそうだな」 「ん、美味しいよ。はい、あーん」 「え?」 「あーん」 「……あ、あー、ん!?」 差し出していた飴をいつの間にか自分の口に入れてそのまま俺にキスをした愛。愛の口から俺の口の中へとやってきた飴はとても甘かった。唇を離した愛は俺の顔を見て笑う。 「イタズラだいせーこー」 なんてね、と楽しそうに笑う愛。サラサラの艷やかな黒髪が愛が動く度に揺れる。触り心地の良さそうなそれに気づけば思わず手を伸ばしていた。サラサラと指を通る綺麗な黒髪。襟足の髪に触れればいつの間にか近づいていた距離。間近で見るその琥珀色の瞳は俺だけを写していた。 どちらから近づいただろうか。同時だったかもしれない。自然と縮まる距離に目を閉じる。触れる唇の心地良さにまるで最初から俺達は一つだったかのような錯覚に陥る。愛の首に両腕を回す。離れたくなかった。愛の手が離さないとでも言うかのように、しっかりと俺の背中と頭を捕らえる。がっしりと掴みながらその指先で頭を撫でられれば与えられるその甘い刺激にクラクラした。 溶け出す飴から、トロリと甘いソースが漏れ出る。互いの口の中で絡み合うその甘さにひたすら酔いしれた。 俺は、満たされる感覚を実感しながらも、熱に浮かされたこの気持ちが離れてしまわないように必死に、必死に愛にしがみついた。

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