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Look
ベッドの上に座り愛 に抱きしめられながら、重い口を開いてぽつりぽつりと言葉をこぼすように話し始めれば時折愛は短く相槌しながら優しく背中を撫でた。
フラッシュバックしそうになる度に愛の優しい手が俺を現実に引き戻す。そうして何度も何度も言葉に詰まりながら俺はあの日の出来事を愛に話した。その度、逃げるなと言わんばかりに火傷が痛んでそしてまた、言葉に詰まる。
大丈夫、大丈夫、と繰り返す愛の言葉は魔法のようだった。包み込むような暖かさに救われた。
「真白 ?」
そっと愛から離れてベッドを降りる。愛の温もりが離れてぎゅっと胸が苦しくなった。突然離れた俺に、愛は不思議そうに呼びかける。そんな愛の目の前に立った。
一つ一つ、ゆっくりと着ている服を脱いでいく。指先は僅かに震えていたけれど頭は何故かすっきりと冴えていた。ぱさり、と服が落ちていく。空気が素肌に触れて少し震えた。そんな俺を愛は何も言わずに見つめていた。ぱさり、と最後の一枚が床へと落ちる。遮るものを一切失い俺は初めて愛の瞳を見る。
愛の視線はゆるゆると下へと移りそしてある場所で視線を留める。痛々しく刻まれた火傷がジクリと痛んだ。
「愛」
その声はか細く震えた。
琥珀色の瞳と目が合えば自然と口元に笑みが浮かんだ。
「俺、汚い?」
心臓が潰れてしまいそうだった。心が粉々に砕けてしまいそうだった。それなのに口元には笑みが乗っていて。気づけばそう問いかけていた。
ベッドを降りた愛がそっと俺に近寄る。伸ばされた手は俺の手を掴み優しく引き寄せた。ぽすっ、と愛の胸へと収まりぎゅっと抱きしめられる。甘い香りに酔わされるようだった。
「綺麗だよ」
優しく力強く、確かに綴られたその言葉はストンっと心の隙間を埋めた。込み上げる感情に名前をつけられないまま、泣き始めた俺を愛は力強く抱きしめ頭を撫でた。
「真白、」
力強く抱きしめていた腕が弱まったかと思えばなんとも言えない声色で俺を呼んだ愛。呼びかけに顔を上げて見つめ返せば僅かに視線を逸らされる。
愛──と呼ぼうとした瞬間に、その理由に気がついた。
思わず黙り込んでしまえば愛はパッと腕を離し背を向ける。
「ごめん」
そのまま歩きだそうとする愛を思わず引き止めた。後ろから抱きついた俺にピクリと愛が反応する。
「まし──」
「愛なら、大丈夫」
そう言葉を発した瞬間強張っていた愛の体から緊張が解けた気がした。
「そばに、いて……?」
そう言った俺の腕を愛はそっと離す。そうしてゆっくりと振り返った愛の瞳は熱を帯びたようだった。頬を撫でた指先は顎をそっと持ち上げる。甘いバニラの香りが近づいた。触れた唇は柔らかくて。
「ん、」
優しく優しく繰り返されるキスに溶かされてしまいそうになる。愛の手が素肌に触れる度にピクリと体が反応する。宝物を触るような優しい手つきに心が震えた。力が抜けてしまいそうになった俺を愛はベッドの上へと誘う。
柔らかいベッドの肌触りの良いシーツが俺の素肌を優しく包む。覆い被さった愛の少し長めの黒髪が愛の肌をさらりと撫でるように下へと落ちる。熱を帯びた琥珀色の瞳が俺をじっと見つめていた。
「真白」
愛は首元にちゅ、とキスを落とす。
「好きだ」
耳元で囁かれたその言葉に視界が滲んだ。
甘く溶け出しそうなその声に心臓がぎゅっと掴まれたようだった。顔を上げた愛と目が合う。泣き出しそうな俺に愛は優しく微笑んでいた。
「好きだよ、真白」
――――――
「んっ……ぁ、はっ……まっ、それ、やだっ」
「何が嫌?」
「っ〜〜」
「ダメだよ。まだ我慢」
「ち、かっ……ち、か、」
「なに?」
「も、いきた、」
「ダメ」
パッと愛が手を離す。その瞬間、昂っていた熱が行き場をなくしてふわふわと彷徨う。焦らされた快楽は俺を離すことなく高揚させた。
「ここ、ピクピクしてる……真白、イキたい?」
「いき、たい」
「うん、そっか。でも、」
まだダメだよ、そう言って愛は小さめのボトルを手に取って、中身を手に垂らす。とろみのある液体は光を反射して存在を主張する。
「ここ、ほぐさなきゃね」
そうして触れた愛の指先にピクリと体が反応する。優しくゆっくりと触れる感触に、頭がふわふわする。心臓の音が鼓膜を激しく揺らしていた。
「っあ、……っ」
「痛くない?」
「だいじょ、ぶ」
愛の指がゆっくりと動く。探るような動きに思わず目を瞑る。その瞬間、とん、とお腹に響く刺激。
「うぁっ、っ〜〜」
「ここ?」
「や、そこ、むりっ……っ」
「ここだね」
「あっ……まっ、まって、いっしょは、……だ、めっ……イッちゃ、っ……イッちゃう……っ、」
「ん、……いーよ」
極限まで焦らされていた熱が逃げられず昂ぶり俺を溺れさせていく。愛の舌と指の感触が何よりも鮮明で、頭の奥がチカチカした。俺のを咥えながら愛が僅かに微笑む。琥珀色の瞳は熱を灯しながら俺をじっと見つめていた。
「あっ、ぁ……っ……は、」
「ん」
「……っ……?……え、」
「うん?」
「ち、ちか、え、今、飲んだ…?」
「……、あぁ。ほら」
舌を僅かに出して口を開いて中を見せる愛。その色香に思わず喉がゴクリと鳴る。ふわふわとする頭でじっと愛を見つめていれば、愛は目を細めた。
「真白」
まだ終わりじゃないよ、そう言って愛は妖艶な笑みを浮かべた。
「Lick 」
鼓膜を揺らしたDomのCommand に、ゾクゾクと体の奥が震えた。
カチャカチャと、愛のズボンのベルトを外す。目に写った愛のそれに胸の奥が高鳴り震えた。優しく口づけをすれば、ピクリと震えたそれにドキドキと心臓が鼓動を刻む。丁寧に舐めて優しく咥え込めば愛から僅かに吐息が漏れた。それに背筋がゾクゾクと震える。優しく頭を撫でるその手が心地良くて、もう頭の中は愛でいっぱいだった。
「ん、っ……」
「っ……真白、」
名前を呼ばれ目線だけを愛に移せば、愛は熱のこもった琥珀色の瞳で俺を真っ直ぐ見つめていた。
「上手」
愛の言葉にドクン、と心臓が脈打ち歓喜で胸が震えた。少し目を細め微笑む愛は妖艶で、その瞳はDomそのものだった。琥珀色の瞳に支配され俺の心は幸福で満ちていく。
「真白」
愛が優しく俺の名前を呼ぶ。鼓膜さえも支配されるみたいでその声で名前を呼ばれるとどうにも嬉しくて。
「腰、揺れてる」
「ごめ、なさい」
「……なんで謝る?」
「だって……」
「何にも悪くないよ」
よしよし、と愛は優しく俺の頭を撫でる。
「こっちおいで」
誘われるまま座っている愛の足の上に乗る。いい子だね、と微笑み頭を撫で続ける愛の手に思わず擦り寄る。
「真白、Present 」
優しくも強いその言葉にピクリと体が反応する。恐る恐る愛の顔の近くに近づける。羞恥心なのか期待感なのかそれとも僅かな恐怖心からなのかわからないけど心臓はバクバクと痛いほど脈打っていた。
愛はそっと、鼠径部に触れる。火傷の痕を優しく撫でるその仕草に心が震えた。余りにも優しい手付きに込み上げる何かが視界を滲ませていく。
「う、わっ……ぁ、んっ」
突然与えられた刺激にビクリと震えた体。滲んでいた視界は思わぬ快楽に驚き揺れる。舌先で舐められる感触に背筋がゾクゾクと痺れて腰が震える。次の瞬間には愛の口の中の暖かさに溺れていた。
「あ、……まって、あっ、……ぅ……」
「ん……きもちい?」
「きもち、い……っ」
「イッてもいーよ」
愛の声が鼓膜を揺らす。愛の指が中を優しく撫でて、愛の舌が包み込むように触れている。ふわりと愛から香った甘い甘い、バニラの香り。
ちか、ちか、すき、だいすき。
「っ……ちか、」
「ん?」
僅かに上気した頬に熱が込められた琥珀色の瞳で俺を見上げる愛。あまりにも扇情的な光景にゴクリと喉がなった。
「すき」
あまりにも自然に口から出たその言葉はスッと心に入り込みストンと落ちていった。染み渡るように広がったその温かさに自然と笑みが溢れる。
愛は一瞬目を見開いて、そしてふわりと目を細め笑った。
咥えていたそれを口から離して俺の後頭部に手を添え引き寄せる。ちゅ、と重なった唇が音を鳴らす。一瞬で離れた唇が少し名残惜しくて。
「側にいて」
ポツリと小さく呟かれたその言葉に胸の奥がキュッと締め付けられた気がした。優しく笑う愛の瞳はどこか不安気にゆらゆらと揺れている。その瞳にどうしていいのかわからなくて、俺は愛にキスをした。
側にいるよ、愛。
……側にいさせてよ。
愛だけが、俺の特別だよ。
――――――
「───て──よ」
優しい声が聞こえた。額に触れた柔らかい感触に、ふと目を開ける。目の前には愛の顔があった。
「……あれ、俺……」
「おはよう」
って言っても2時間くらいしか経ってないけどね、と言って愛は微笑み、横になっていた俺の隣に腰掛ける。
「ごめん」
「ん?何が?謝ってばっかだね。そんなに悪いこと、してたっけ?」
「だって、俺……」
……途中で寝た、よね?と口ごもれば不思議そうな顔をしていた愛は柔らかく笑って俺の頭を撫でた。
「なんだ、悪いことしてないじゃん」
ゆっくりと愛の顔が近づいて来たかと思えば、ちゅ、と軽い口づけをされる。軽く触れただけのそれが凄くもどかしくて名残惜しいのに、心の中に広がる満たされたような感覚にむず痒くなった。
「愛 、」
寝ていたベッドから体を起こして愛に向き合う。少し震える手で目の前の愛の手を握った。愛の名前を呼ぶ声は思っていたよりも小さく少し掠れた。愛はそんな俺の手を優しく握り返して、反対の手で俺の手を包み込んだ。
「怖いんだ」
掠れ震える声でそう言えば愛は俺を引き寄せ抱きしめた。甘いバニラの香りと温かさに安心する。ぎゅっと愛の背中に手をまわしてその温かさに縋った。
「声が、聞こえたんだ、あの日の、あの日の……っ」
言葉に詰まる俺の背中を愛は優しく撫でる。
「頭から、離れなくて、っ……すれ、違ったんだ」
「……え?」
ピタ、っと背中を撫でていた愛の手が止まる。困惑したような声色が俺の耳に届いた。
「……いる、かもしれない……ここに……っちか、」
俺、怖い──、そう口にした俺を愛は力強くぎゅっと抱きしめた。思い出したくもない残像が頭の中を這いずり廻って吐きそうになる。そんな俺を愛はただ黙って抱きしめ続けた。そしてやがて俺の耳元でふと呟く。
「俺がいる」
愛の声は少し震えていた。
何を思っていたんだろう。何を考えていたんだろう。わからなかったけど、少し震えていた声とは対象的に力強い腕に抱きしめられ、俺は安心したんだ。
「部屋から出るのはやめておく?」
ポツリと、愛はそう問いかけた。
愛の腕に抱かれる俺はそう問うた愛の顔を見て答える。
「……椿生達にこれ以上心配かけたくない」
「……そっか」
「なぁ、愛」
「ん?」
「離れないで欲しい、愛が側にいてくれれば大丈夫だと、思えるから」
「うん、一緒にいるよ」
俺の手を取って手の甲へキスを落とす。かと思えばそのまま俺の手のひらを自分の顔へ近づけ、キスをした。じっと俺を見つめながら手のひらにキスを落とした愛。その琥珀色の瞳に愛の妖艶さを感じて心臓がドキリ、と音を鳴らした。
どこに目を向けていいのか分からなくなって視線を彷徨わせる俺に、愛はもう一度手の甲にキスを落として微笑む。
「椿生くん達に連絡しておこうか」
夕食のときに合流するで大丈夫?とスマホを手にして聞く愛に、頷く。メッセージを送り終わったであろう愛はスマホをベッドのヘッドボードの上に置いた。
「ご飯までまだ時間あるけどどうする?」
「……シャワー浴びたいかも」
「ん、わかった」
愛に促されるままベッドを降りて後ろをついて歩く。未だに素っ裸だった俺は何だかちょっと照れくさくて掛け布団を引き連れながら歩いた。布団が床を擦る音に気づいたのか愛が不思議そうな顔で振り返った、瞬間。
「え?」
眉を上げて驚いた顔をしたかと思えば吹き出して笑いだした愛。そんな愛を訝しげに見つめていれば笑いすぎて涙目になりながら愛はごめん、と口にする。
「ごめん、ごめん。いや、そのかわ、っ可愛すぎて……くっ」
「おい!笑いすぎだって!」
「ごめんって、だって、布団引き連れてくるなんて思わないから、ははっ」
「愛っ!!」
あんまりにも愛が笑うもんだから恥ずかしくなる。耳の周りが熱くなったような気がした。
「ごめんごめん、ほらここが浴室ね」
まだ若干笑ってる愛に若干不貞腐れながら案内された浴室に入った。勿論、掛け布団は置いて。広めの浴室はやっぱり高級ホテルだからなのか凄く綺麗で洗練されていた。
そう言えば、あんなに笑ってる愛初めて見たなぁ……なんて思いながらシャワーの蛇口を捻る。出てきたお湯を頭から被りながらふと、目の前の鏡に触れる。胸が映る辺りに触れていた手はスッと鼠径部辺りに落ちる。鏡に映る火傷の痕をぼーっと見つめていればやがて湿度で曇っていく鏡にそれは消されていった。
――――――
「うわぁ、おいしそー」
目をキラキラと輝かせて目の前に置かれているビュッフェの料理の数々にそう言葉を零す明 。
「すげぇな、腹減ってきた」
そんな明の横で椿生 もそう口にしていた。
「席は取ってあるから先に料理を取ってしまって構わないよ」
俺の後ろに立っていた愛が二人に向かってそう言う。それを聞いて二人は目を輝かせてお礼を言ったかと思えば早々に料理を選んで行く。
楽しそうな二人の横顔を見て、俺はほっとしていた。
さっき顔を合わせたときはあまりの心配の仕様に圧倒される程だった。心配をかけてしまったことが凄く申し訳なかったけれど、俺の表情を見て椿生達は少し安心したようだった。
「真白、これ美味しいよ」
いつの間にかお皿の乗ったプレートを持って料理の前に立っていた愛が目の前の料理を指差して俺を呼んでいた。そんな愛の側に俺もプレートを持って横に並んだ。
「うわぁ、凄いおいしそ……」
並べられている色とりどり、種類豊富な見た目から美味しそうな料理達を目の前にゴクリと喉がなる。俺は隣に並ぶ愛がおすすめする料理をどんどんお皿へと乗せていった。
「なにこれかわいー!」
先に目当ての席へと向かっていた明達の声が聞こえる。後を追うようにして席に近づけば見えた光景に思わず目を丸くする。
愛が取っていたという席は夜景が綺麗に見渡せる窓際だった。そのテーブルの上には真っ赤な薔薇が一輪置かれていた。そしてアンティーク調の鍵が一つ、鍵より少し小さめの装飾が施されたプレートが共に置かれていた。そのプレートには、〈 Mashiro 〉の文字。
「プレゼントだよ」
愛の声が耳元で聞こえた。チラリとその声の主を見れば優しく微笑まれる。くすぐったいその感覚に思わず愛から目を逸した。耳が熱っぽい感じがする。恥ずかしい。
逸した目線の先で椿生と明と目が合う。その瞬間二人はニヤリと笑った。二人の顔を見て更に恥ずかしさが上がる。
「あー、いいなぁ。プレゼントいいなぁ」
「おい俺を見るな」
「けちー」
「ケチじゃありません」
わちゃわちゃと喋りながら席についた二人に習って俺も大人しく座る。愛に促されて窓際に座ったけれど、そこからの景色はとても綺麗だった。キラキラと輝く外の光が目の前に広がる海に反射して静かにゆらゆらと揺れる。
「いただきます」
プレートに盛られた料理を口に入れればその美味しさに思わず笑みが溢れる。さすが高級リゾートホテル。美味しすぎる。
「食べてるシロってやっぱなんか可愛いよね」
「食べ方リスみたいだよな」
「外見は子犬みたいなのにね」
三人の言葉に一瞬動きが止まる。じっと見つめる三人の視線を感じてゴクリと食べていた物を飲み込んだ。
「……恥ずかしいからやめて」
椿生と明はまたニヤリと笑った。絶対楽しんでるこいつらは。からかっている完全に俺を。チラリと右隣に座る愛を盗み見ればニコニコと笑っていた。それはもう満面の笑みで。
「ほら、いっぱいお食べ」
……楽しんでる!!絶対に!!!
自分のプレートに乗った料理まで差し出してくる愛。その右手に持ったフォークにはパスタが巻かれ、何故かこちらに差し出している。
「じ、自分で食べる」
断れば少し残念そうに愛は眉を下げた。それでも次の瞬間には俺を見て嬉しそうに微笑む。胸の奥がきゅー、と締まるような、くすぐったいような気持ちになった。
他愛もない話をしながらご飯を食べる。先程の事などすっかり忘れてしまえるほど、楽しい時間。
(幸せだな)
そう、思っていた。
――――――
「美味しかったなぁ〜」
ニコニコと笑いながら俺達の前を歩く明と椿生。食事を終えてビュッフェ会場を後にした俺達は、それぞれの部屋へ戻ろうと足を運んでいた。
「そういえば屋上にプールあるんだっけ?」
思い出したように振り返った明はそう言って愛を見る。
「うん、22時まで入れるよ」
「わぁ〜!ねぇ、椿生行こうよ!」
「うおっ、あぶね、わかったわかった」
「やったぁ〜」
何故か椿生の腕をぶんぶん振っていた明に若干呆れた顔をしながらも頷く椿生。そんな二人を見ていると隣から声がかかる。
「真白は?行く?」
「ん?あぁ、どうしようかな……」
少し悩む俺を愛はただ口元に笑みを浮かべながら俺からの言葉を待っていた。その時ふと、窓から見えた夜景を思い出した。
「海、散歩したいかも」
ポツリと呟いた言葉にも関わらず愛はすぐに反応した。
「行こうか」
微笑む愛の返事に嬉しくて思わず笑った。そんな俺を見て愛の琥珀色の瞳が少し揺れたように思えた。椿生と明に行き先を告げて二人と別れる。乗り込んだエレベーターの中は静かだった。二人っきりのその中で繋がった手はとても、心地良かった。
「ん、珍しく誰も居ないな」
「いつもそんなに人居るの?」
「この時期は結構な確率で何組か居るんだけど……皆プールの方に行ってるのかな」
「あー、ホテルの」
「いや、この近くにも他企業のプールがあって今年からナイト営業も始めたらしいからそこかなぁって」
辿り着いた海は静かだった。静かに波の音が聞こえ、上から見たときよりも遠くにキラキラと輝く光が海に反射する。目の前に広がる海を眺めながら俺達は何でもない話をする。エレベーターを降りてからいつの間にか離されていた手が少し寂しかった。
「綺麗、だな」
少しの沈黙のあと、思わずそんなことを呟いていた。静かにさざめく海がとても綺麗で。
「うん。そうだね」
そう言った愛の声が何故だがよく耳に残った。気になって隣の愛を見るけれど、その表情は読み取れなかった。けれどざわざわと胸の奥が騒ぐ。海を見つめている愛の横顔がどうしてか凄く消えてしまいそうで不安になった。
「っ、……どうしたの?」
繋いだ手にピクリと反応した愛は少し驚いたようにこちらを見る。その表情はもう俺の知るいつもの愛だった。
「……なんでもない。ただ、繋ぎたかっただけ」
離れて行かないで、とただ願った。それだけ。いつの間にか側にいて欲しいと無意識に思っている自分に気づけば胸の奥がギュッとする。恥ずかしさよりも今は少し、戸惑った。
「まし──」
「っ、」
その瞬間、思わず息を呑んだ。愛の後ろから見えた人影に目が離せない。少し離れた場所で一人海を眺めるその横顔を、俺はよく知っていた。指先から冷えていくような感覚がする。じっと目を逸らせずに見つめ続ける俺に不思議そうな愛が声をかけている気がする。けれど、何も答えられなかった。俺の視線の先を辿ろうと愛が振り返れば、相手もこちらに気づいた。灰色の瞳がこちらを見る。
「なに」
あぁ、どうして。なんで、なんで。
いやだ、いやだよ、なんで、なんでここに。
「……お前」
きづ、かないで。
「へぇ……随分とまぁ成長したもんだなぁ?」
いわないで。
「なんだっけ?……あー……あぁ、そうだ」
いわないで!!!!
「" 真白 "だ」
その瞬間、愛の香りが揺れた。気づけば手は離れて変わりに愛のその手は相手の胸ぐらを掴んでいた。
「何のつもりだ、お前」
その声は静かな怒りを宿していた。ビリビリと指すような空気を感じて僅かに後ずさりする。Domが放つ怒りが怖かった。愛なのに、怖くなった。
「その手、離してもらえる?」
ヒュ、と息を呑む。その声が、鼓膜を這いずるように奥へ奥へと入って、掘り起こす。
" 目ぇ逸らすな "
砂浜を歩く音が聞こえる。こちらに向かって歩いてくる人物に目を向けられなかった。
「聞こえてんの」
風に乗って、匂いが鼻についた。異様な程鼻につくその甘い匂いにガタガタと体が震える。ジクリと、火傷が熱を持ったように痛みだして、息が詰まりそうだった。
「手、離せっつってんだよ」
ガッ、と胸ぐらを掴んでいた愛の腕をその人物は掴む。その衝撃で愛の手は男から離れた。
「Domが湊 に何の用」
その男の少し長めの髪が風で揺れる。
「それとも、」
その瞳が俺に向けられる。よく、知ってる。
左目の灰色が脳裏に焼き付いて離れなかったから。
「……あぁ、お前」
冷たく無表情だったその人物は、ニヤリと笑った。
「───」
永遠の時にも思えた。声は聞こえなかった。発していなかったから。けれど、その口の動きはよく知ってる。忘れたくても忘れられなかった。ずっと奥深くに刻まれたCommand 。
どさり、と俺は座り込んでしまった。
「真白!!!!」
愛が慌てて駆け寄ってくるのがわかる。けれど俺は目の前の相手から目が逸らせなくて。グッ、と力強く俺を抱き締めた愛の体温に、血の気が引いていた体が温度を取り戻すようにじんわりと熱を宿していく。愛の肩越しに目を合わせたまま、男の口元には笑みが浮かんでいた。
「いいの?そいつ御古 だけど」
抱き締められていた腕に力が籠もる。愛のその強い力に一瞬呼吸の仕方を忘れた。意識が男から愛へと戻っていく。甘い愛のバニラの香りが俺の鼻腔を満たしていたことに今更気付いた。
「……行こう、真白」
静かに、淡々と込み上げる何かを抑えるように愛はそう言った。立ち上がり、俺を引き寄せ、俺の視界に相手が映らないよう庇いながら歩いていく。
「真白」
湊と呼ばれた男の声が俺の名前を呼ぶ。思わず立ち止まった俺に、愛は優しく肩を擦る。
「聞かなくていい」
愛は優しくそう言葉を落として俺を前へ導く。けれど相手の言葉は止まず、俺の耳へと届く。
「また"遊ぼう"」
前に、進めなくなった。どうやって足を動かしていたのかわからなくなって、縫い付けられたようにその場から動くことが出来ない。もう意識なんてしていない筈だった。思考の四分の三は確実に隣の愛を意識しているのに、余った部分を侵食するようにあの日の言葉 が蘇ってくる。
足を止めて動けない俺に愛は黙って肩に置いていた手に力を込め自身に引き寄せる。
「"また"なんて来ないよ」
ビリビリと、隣から愛の威圧を感じる。顔を見なくったって愛がどんな表情をしているのか安易に想像できた。
「おー、こわ」
全く怖いと思っていないような態度で湊という男の隣に居る男はそう言葉を漏らす。グイッと愛に引き寄せられ二人から離れるように導かれるまま愛に連れられて歩く。去り際、一瞬見えた左目の灰色。印象深いその瞳を持つ男は小さく何かを呟いていたように思えた。
動揺してふらついた俺を愛は抱きとめ、抱えて歩き出す。軽々と持ち上げる愛に驚きながらも不安と恐怖に怯える心は抵抗や遠慮なんてものを忘れて、ただただ愛の胸に埋まり、そしてその温もりに縋る。
離さないで、見捨てないで、と心は酷く怯えていた。
「ちか……」
小さく呟いた名前は僅かに空気を揺らしただけで、愛に届いたのかはわからなかった。けれど、愛はそんな弱々しい俺を抱く腕にもう一度力を込め、優しく"大丈夫"だと何度も繰り返した。
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