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11/7 ユーカリ

花言葉 新生 再生 慰め 思い出 大切なものほどいつのまにか手からこぼれ落ちて壊れてしまうとは誰から聞いたんだったか まさかそんな事自分には関係ないなんて思っていた。そう、思っていた。 夏のある日、俺は6歳下の弟と公園で遊んでいた。自分で歩けるようになったばかりの弟からほんの一瞬目を離してしまったのだ。本当に一瞬だった。弟が転がったボールを追いかけて道路に出てしまってたまたま通りかかったバイクに…そこから先の記憶は曖昧だ。気がついたら父と母に抱きしめられて病院にいた。目の前にはベッドに横たわる冷たくなった弟。俺のせいだ、俺が弟から目を離したせいで… 俺は塞ぎ込んでしまい、外に出ることが怖くなった。あの時のバイクのエンジン音が耳にこびりついて離れなかった。似たような音が聞こえるだけでフラッシュバックを起こしてしまい、うずくまり泣き出すようになっていた。毎日友達と会うのを楽しみにしていた小学校にも行けなくなってしまった。 見かねた両親が静かなところでゆっくり療養するほうが良いだろうと田舎の祖父母のところへ俺を預けた。本当にのどかで良いところだった。最初は家から出ることもままならない状態だったが、時間と共に少しずつ少しずつ改善していった。本当に何年もかかったけれど、学校にもまた通えるようになった。そんなある年の夏。隣に住む老夫婦から孫がきているから一緒に遊んでやってくれないかと言われた。家にお邪魔するとそこには亡くなった弟と同い年の男の子がいた。もしも生きていたらこのくらいに成長していたのだろうかと、そう思うと胸がギュッと締め付けられるような気がした。それと同時にこの子は絶対に守らないといけないという使命感が湧き立った。弟と一緒に遊べなかった分を取り戻すように男の子とたくさん遊んだ。都会から来たその子は最初こそ外に出るのを嫌がっていたが何度も誘っているうちに打ち解けてくれたのかよく笑うようになった。 毎年夏休みの期間は隣に遊びにくるその子と過ごすことが当たり前になっていった。最初は弟の代わりのように思っていたのに、だんだんとその子自身に惹かれるようになっていた。お兄ちゃんと俺のことを呼んで慕ってくれるその子を好きになっていたのだ。思春期になり性に興味の出る年頃、俺はその子を思いながら一人でするようになった。罪悪感はもちろんあった。弟みたいな存在だし、なにより相手は俺のことを兄として慕ってくれている。一緒にいる間はできるだけその気持ちに蓋をして、表に出ないように努めた。そんな許されない想いを閉じ込めたまま俺は大学に進学し田舎を出た。お世話になった祖父母の跡を継ぐために農業の勉強をしようと思ったのだ。父と母に伝えた時には大手を振って賛成してくれた。健康でさえあれば自由に生きていけばいいと。大学が遠方だったため卒業まではなかなか帰省できなかったがたまに戻った時にあの子が来て自分に会えないのを寂しがっていたと聞かされた時には蓋をしたはずの愛しさが溢れそうになって仕方がなかった。もう大きくなって自分の世界が広がっているだろうにいまだにこんな俺を慕ってくれていることが嬉しくて嬉しくて もしまた会えたら、なんてそう思っていた。 卒業して祖父母の元へ戻ってきた年のある日。仕事に追われる日々の中、相変わらず交流のある隣のおじいさんから 「うちの孫が大好きなお兄ちゃんにまた会いたいって言っとるんだと。夏休みにくるみたいだからまた昔みたいに遊んでやってくれんか?」 と願ってもない話がきた。大好きなんて言われたらもうこっちは一人でお祭り騒ぎである。二つ返事でもちろんですと伝えた。固く口を縛っていた想いが蓋をこじ開けて顔を覗かせる。 高校生か…手を出すにはまだ年齢が、とか男同士だしな、なんて思ったがこんなに長い間俺のことを忘れずに慕っていてくれたんだ。それに大好きだって…少しくらい期待しても良いのかもしれない。懐いてくれているのは確実だからゆっくりゆっくり自分のことを好きになってもらえるように…まずは昔みたいに一緒にこののどかな田舎を楽しむところからはじめようか。夏休みが待ち遠しいな。

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