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マッチ売りの娼年 11

 匂いは記憶に結びつくんだった……と思い出して首の噛み痕を指で触る。  今までそこをあえて触ろうとも思わなかったし、自分を見なかったことにした番を強いて思い出そうとはしなかっただけに、少年は自分自身でその行動に驚いた。  何でもしてあげる、  何でも買ってあげる、  そう言ってちやほやともてはやしてくれていた番のことを思い出して小さく口の端に笑みを乗せる。  落胆はすれど少年には番に対しての恨みはなかった。 「おい」 「……はい」  はっと思考の波から放り出されて、少年はさっと顔を上げる。  その先にはいかにも一般人ではないと物語る風体の男が立って、じろじろと少年を睨みつけていた。  少年は、自分のスペースから出てしまっていたかとさっと身の回りを見回し、自分に分けられた半畳にも満たないスペースから服の裾がはみ出ていないかを確認する。 「風呂の時間だ」 「  わかりました」  数日に一度、風呂を使ってもいいと言われていた。  とは言え、風呂と言っても残り湯を被るか水を被るかくらいしかさせてはもらえなくて、汚れが落ちたとは言い難いものだったけれど……  風呂場に押し込まれて、鏡を見てぎょっとする。  鏡には顔色の悪いやせこけた人物が映っていて、かつては自慢だった黒髪も身元を隠すために脱色し、傷一つないようにと育てられた体はあちこち傷跡だらけで自分自身でも誰だかわからない状態だった。  蝶よ花よと育てられたはずなのに……と、少年は鏡に手をやって呟く。  柔らかく、最高の手触りになるようにと入念に手入れされた肌はもうないし、目の落ち窪んだ顔はまるで死人のようだ。 「……あはは」    小さな笑いはドアを蹴りつける音にかき消されてしまった。  ぽとりと手からマッチが零れて膝の上に留まる。 「あの……」 「おつりはいらないから」  差し出された手とその先のお札らしき輪郭。  声に覚えが……と言うよりは、傍に立った時の香水の匂いで誰だかわかっていた。 「ある分だけ貰えるかな?」  穏やかな声に頷きながら今ある分だけを手渡すと、指先がわずかに甲をかすって行く。  ほんのわずかな一瞬の接触だったけれど、そのぬくもりは肌寒いと感じる季節にははっとするほどのぬくもりだった。 「また、奥に行く?」 「え?……ええ、ここでは……無理です」  さすがに人通りがまったくないとは言えない場所でできることではない。  慌てて首を振った少年に軽い笑い声が返された、それは嘲笑や侮蔑と言った感情の籠ったものではなく、苦笑に近いものだ。 「いや、同じマッチを擦るならここはどうだろう?」 「……?」

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