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マッチ売りの娼年 12

「ショーを見せてもらうのと同じ時間、君と話をしたいんだけれど」 「話 ですか?」  話 と言われてぎゅっと体を固くする。 「あ、君の素性を知りたいんじゃなくて……ああ、でも名前くらいは知りたいかな。なんでもいいんだ、少し話がしたい」  どうかな? と問いかけられて、けれど少年は答えを持っていない。  結局は同じ金額を払ってはいるし何も問題はない と少年の裁量で言ってしまいたかったが、この商売はそれだけでは成り立ってはいないのだ。 「……私では判断できかねます」 「怒られる? じゃあ客が早漏だったと言えばいいよ」  そう言いながら男はシュ と目の前でマッチを擦ってしまう。  闇に落ち込んだかのような空間が照らされて、急にそこが現実なんだと浮き彫りにされたかのような錯覚に陥りそうになる。  暖かな色合いのマッチの火がわずかな風に揺れて、じりじりと棒を飲み込んで行くのを見ながら少年は慌てたようにベンチから立ち上がった。 「あ え、と……」 「向こうに行くまでに擦られてしまったって」  闇に浮かび上がる男の口元は穏やかに微笑んでいて、少年にはそれ以上の他意を見つけることができない。  逡巡した後、そっと元のベンチに腰を落ち着け直すと男は嬉しそうに二本目を擦りながら隣へと腰かけてくる。 「なんと呼べばいいかな?」 「……ヒデアキ」 「ヒデアキくん、漢字はどう書くの?」 「……」  少年は伝えようとして口を開き、一度言葉を飲み込むように閉じた。それから男が三本目のマッチを擦るのを待ってから「透明」とだけ言葉を返す。  何の色もない。  それが少年の名前だった。 「ヒデアキくんは寒くない?」  言葉を詰まらせた様子を見て取ってか、男は違う話題を振る。 「少し」  そう言ってヒデアキが自身を抱きしめてみせると、男は自分のジャケットを脱いでその肩にかけた。  決して安物では感じ取ることのできない不快でない重みと、それからわずかに男から漂ってきていた香水の匂いにすんすんと少年は甘えるように鼻を鳴らす。  少しスパイシーな感じもするけれど、奥深くにある官能的な香りはつい追いかけてしまいたくなるほど甘美だった。 「お名前を、お尋ねしても?」 「僕? 僕はー……じゃあ、朧」 「おぼろ」  男の名前を口に出して、それが自分の名前を受けての言葉だと言うことに気づいてヒデアキは小さく苦笑を漏らす。 「意地悪な方ですね」 「そう?」  明らかに偽名だとわかっていても、ヒデアキが呼べる名前はそれしかない。 「朧さまは前回もこの時間でいらっしゃいましたね」 「うん、これくらいの時間に自由になるからね」  

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