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マッチ売りの娼年 13

 それはこの時間に仕事が終わる ととっていいんだろうかと首を傾げる。 「ヒデアキくんは?」 「……」  尋ね返すと言うことは自分の仕事終わりの時間を尋ねているのだろうと、ヒデアキは軽く考えを巡らせた。  そもそもこの仕事に就業時間なんてものはなくて、面倒を見てくれている男の気が向いたらその日はおしまいと言うようなシステムだった。  そこにヒデアキの意思は関係ない。   「気が向いた時に」 「そう」  そっけない返事だったと言うのに朧は気にも留めない様子で消えかけたマッチを捨てて次を擦る。  新たになった炎は明々として勢いがよく、朧の顔を深い影で浮き上がらせた。  αらしいと言ってしまえばなんだか一纏めにしてしまったようで居心地が悪く、ヒデアキは不躾を承知でほんの少しだけその顔を眺めることにする。  陰影が濃いせいで彫が深く思えるけれどけして厭味ったらしくはない、むしろすっと通った鼻梁は好感が持てるものだった。  マッチの光が強すぎてわからないけれどきっと黒い瞳に黒い髪……それから、柔らかそうな目元をしている。  それはどこか番の目とも似ていると思わせて……   「穴が開いてしまうよ?」 「! これは……失礼をいたしました。つい、見惚れてしまって」  慌てて言うヒデアキに、朧は別段不快になった様子も見せないままに次のマッチを擦る。 「見惚れるなら、僕の方じゃないかな?」  そう言って朧は手を伸ばそうとして……何かに気づいたようにそれを下ろす。  指先まで丁寧に手入れのされたそれは力仕事や水仕事をしない人間のもので、しかもそれだけ自分のメンテナンスに金額の割けることのできる立場なのだと教える。  成功したαだ……と心の中で呟き、ヒデアキは苦笑のような微笑みを浮かべた。   「朧さまにそう言ってもらえると嬉しいです」  以前なら常套句だと内心で笑っていたかもしれない、けれど今のこの自分の状況ではそう言ってもらえる有難味と言うのが骨身に沁みていて、上辺の言葉だとわかっていてもヒデアキの心をざわつかせる。  最初に朧が言った通り会話はなんとも他愛ないものばかりで、少しでもヒデアキの身元を探ろうと言う会話は一切行われなかったし、ヒデアキも朧の話を聞こうとはしなかった。  とりとめもない会話が続いてはマッチの火が消えて、そしてつけ直すたびにまたほんの少しの会話が交わされる。    手を握るわけでもなかったために、ヒデアキは朧が一体何のために自分自身と話をしているのかがわからないくらいだった。

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