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マッチ売りの娼年 14

 この時間は何か彼に有益なものがあるのだろうかと頭の片隅で考えながら、最後のマッチが擦られるのを見送る。 「マッチの火って温かいよね」 「はい、柔らかな光で癒されますね」  反射的にそう答えてしまったけれど、ヒデアキは目の前の明かりを温かいと思ったことはなかった。  むしろ客が火を近づけすぎて肌を焼かれた瞬間はぞっとするような寒気が全身を襲って、ぬくもりよりは寒さを思い起こさせるものだった。  だからこの目の前の火が温かい と柔らかな表現で示されて……  今なら触れたら温かく感じるのかとヒデアキはそっと手を伸ばした。  そうすれば、かつて望めば好きなものが手に入ると思っていた頃に戻れるような気がしたから。 「危ない!」  朧の上げた声にはっと飛び上がるのと同時にマッチの明かりがゆるやかに地面へと落ちて、もがくように火の粉を散らして消えてしまった。  一瞬で落ちた暗闇は劇の幕引きのように沈黙を運ぶと、ただ重苦しい静寂だけを後に残す。 「も 申し訳ございません  」 「火傷は?」 「いえ」 「そう、ならいい」  そう言うとベンチが軋んで朧が立ち上がる気配がした。  ヒデアキははっとしたように顔を上げて暗闇の中、朧の気配を探すけれどすでにそれは隣にはない。 「また話にくるよ」  気を持たせるような常套句を零して朧はあっさりと歩き去ってしまい、ヒデアキは残されたジャケットを返しそびれてしまったとぎゅっと自分自身の身を抱きしめた。  朧の残していったジャケットを眺めながら、かつて住んでいた場所を思い出す。    そこでは私物と言うものがほぼなかった。  自分の場所と言うものもなくて、「自分の」と言う感覚が酷く希薄な場所だった。  限られた敷地で大勢の人間が暮らすためには仕方のないことだとしても、それはヒデアキにとっては重苦しい規則でもあった。  ────お前の、お兄ちゃんだ  そう示された一人の少年は、ヒデアキに与えられた初めての「自分の」がつく存在で……大事な存在だった。   「なんだその服」    すべてのマッチが無くなったと告げると男は舌打ちをして、さっさと車に乗るようにと指示を出してくる。   「客が忘れて行った」 「捨てとけ! そんなもん!」  稼ぎが振るわなかったからか男の機嫌はよくなくて、ヒデアキはびくりと身を潜めたが「いいものだから取りに来るかもしれない」と言い返した。 「今日もマッチを全部買ってくれたから、服を取りにくるついでにまた買ってくれるかもしれない」  かもしれない 希望ばかりを並び立てた言葉を男はー……石山は鼻で笑う。 「そんな端金を集めてどうすんだよ!」  ごん と蹴りつけた足が車体を揺らして、ヒデアキは言葉が過ぎたのだと身を固くした。

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